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一組の夫婦が子細に自分の心理を確かめてみると、実は相手より自分が大切だと思っているのを発見する場合が多い。
 愛は忍耐と親切だという。しかし、忍耐しなければいけないような人間関係になると、早々と愛も冷めるのが普通である。一般的いい加減な夫婦はお互いに親切ですらない。
夫はいかにもよさそうな人間に見える。女は「いい男」には飽きないが、「いい人間」には飽きるものだ。そして結婚し子供が産まれると「いい人間」とは中高年になる頃には八割を超す夫婦がセックスレスになっていると言う。

いつまでもセックスに飽きない「いい男」の条件。ジェットコースターで地の底まで急降下させ、一気に天空高く昇らせてくれる。その快感に何ら恥ずることなく叫び、その一体間の中で激しく感じ体中の細胞がすべて拡がり、大きく呼吸し始めるのを感じるようなセックス。
そのようなセックスが欲しいとたまに感じるのが女心なのだ、それを叶え援用してくれるのが「特許取得のソフトノーブル『挿入避妊具』&ノーブルウッシングC型『膣洗浄器』」を用いるとその夢を叶えてくれる可能性は非常に高い。

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不倫、浮気

赤バラ「浮気・不倫」

宮沢賢治が自分の地元である東北の農村の現況を批判している。農民の人生には、セックスと労働しかないと。しかも、クオリティの低いセックスだった。乗って3分、あがいて3秒夜這いのセックスのように前戯も後戯もなしっていう。賢治はそんな状況がイヤだから、違う世界があるんだということを伝えたいと、芸術を投入した。それが彼の啓蒙原型だったというわけですが、予測不可能な遊びを楽しむこともない、社会の仕組みって、実は宮沢賢治の時代に限らず、今もあって、そこに押し詰められている人が多い気がします。
性欲を満たす強姦型では女性からは嫌悪感・憎しみを伴うセックスでもある。どんな心優しい妻であっても、いずれ早い時期に生理的に性交痛になるは当然であり、閉経後の性欲減退を余儀なくされる夫婦の最大の問題となっているセックスレス夫婦。

貧相な性生活を続ければ、「亭主元気で留守がいい」という味も素っ気もない性のにおいがしない無味乾燥な結婚生活、或いは定年後には「粗大ゴミと呼ばれ」これから二〇年以上もふたりで生きていくことを考えれば息が詰まる。どうすれば妻(女)は、エクスタシー(オーガズム)に達し満足するのか。そして満ち足りた性生活を営む仕方をみつけださなくては。と、男は焦るだろうか?

「結婚生活の浮気・不倫」

 結婚生活の”停滞期”にさしかかり大して性戯も上手でない新鮮さを演出する努力もせずパートナーを充分に満足させられない夫婦だって「浮気・不倫」をすると、そこそのオーガズムをえられ満足するのは「ワクワク・ドキドキ」した緊張感から解放され「ふたりだけの密室」に入った瞬間、高揚しふたりの脳は刺激と興奮から脳内物質アドレナリンが大量に身体へ分泌噴出され。女性は前戯のまえからすでに卵巣から分泌された女性ホルモンがスキーン線や膣内に噴出し充満するという普段とは違った状態になる、その情事は満たされた気になる。あくまでも日常を離れた別世界ともいえるからだ。浮気・不倫はオーガズをえるための添え物であるともいえる。

「浮気・不倫」繰り返すだけのステレオタイプの乏しい性戯であったら

「ワクワク・ドキドキ」という刺激と緊張感は一時的なもの。その関係はときを待たず終わってしまう儚い「浮気・不倫」となるのが世の常であるともいえる。結婚するときは少なからずヒューマンセクシュアリティー(人間の身体の一部としての性器や性行動だけでなく、他人との人間的なつながりや愛情、友情、思いやり、包容力など人格と人格との触れ合いのすべてを含む幅広い概念)が少なからず一致し結婚しのだ。 しかし、離婚・再婚を繰り返す男女は相手のヒューマンセクシュアリティーを過大に評価(妄想)し判断していただけなのだ。

「浮気・不倫」はとても自己愛的な行動で自分の快感を追い求めるもの。または、あるいは心と身体の痛みを和らげるモルヒネに匹敵するほどの快感を追い求める」自己破壊ともいえる。

かつて夫が嫌うタイプの妻は「不感症の女性」だったが、結婚生活停滞期には「退屈な女性」になっている。と夫が自分勝手なことをいっているが、一方女性にいわく、「わたしを感じさせて満足させてくれないから、『不感症の女性』になったの」よ、と。また、わたしを楽しくさせないから「ものも言いたくないから『退屈な女性』になるのよ」と言いたいのである。愛を伴うセックスは夫婦間のものであれ、「浮気・不倫」をしているカップルのあいだのものであれ、楽しみと安らぎの場を提供してくれる。

不倫や浮気は楽しいものだしロマンスがあるからだ

浮気性の恋人や夫をどうあやせばいいのか、恋人の浮気疑惑が浮上したときはどうしたらいいか、恐るべき夫の言い訳の”ただのお友だち”をどう撃退するか? エクササイズ教室に通い膣(インナーマッスル)を鍛錬習得することで、夫の不倫・浮気相手の女性よりすごく感じる。と夫に認識させることで浮気・不倫はなくなるのか? それはやってみなきゃわからないが、必ず浮気・不倫をしても必ず自分の元に帰ってくると信じるに足りと思うことができるだろうか? 

男性に凄く感じてもらうエクササイズ(インナーマッスル鍛錬法)をすでに取り入れている女性もいると思う。膣内の各部膣筋力の締付力を測り自ら知ることが必要となる、前戯の興奮状態からオーガズに達するまで、そして後戯で感じる膣筋力の分布具合を測るのにノーブルウッシングB型、C型という膣挿入温水洗浄器を用いると前戯の興奮状態からオーガズの瞬間の膣筋力、オーガズムに達する前後の女性ホルモンの分泌噴出の状況。そして、恍惚に微睡(まどろ)む膣内の微細動筋力(自分の意志でコントロールできない筋力の痙攣「或いは、凄くこそばゆくなって身を捩る」)の具合まで(エクササイズ習得状態によって個人差があります)ノーブルウッシング付属のソケットを把握する手から鮮明にパートナーに伝わってくるのがよくわかる。

膣に特化したインナーマッスル鍛錬法として、ノーブルウッシングの姉妹品がある。
商品名:ソフトノーブル(避妊用具)の形状を見たらわかるとおりに、膣恥骨入口はソフトノーブルの形状より狭いことにより、膣括約筋が強くないと膣内に挿入したソフトノーブルを簡単に体外へ手を使わずに押し出すことは難しい。

そこで当初は指でつまんで膣から簡単に取り出すことができるわけだが、指で簡単につまむ位置にあるが、掴もうとすると膣奥へと引っ込んでしまう。膣入口にあるていど押し出す労力で引っ込まないようにする必要がある。性交後に膣括約筋を自然に使うことで筋力強化できる。使用回数、経年によって個人差はあるが、確実に強くなっていくことは免責事項サイト『セックスレス改善法』“クリック”し、(「臨床試験の成果」斎藤紀夫さん夫婦において)実証済みである。

1960年半ば頃、南アフリカの黒人男性たちが、インポテンツを訴えて頻繁に病院に来るようになった。しかしじきに、毎晩、一回か二回しかセックスできない状態をインポテンツだと訴えていることが分かった。
「男性たちはみな、我を忘れるほど取り乱していました」と、当時、病院に勤めていた精神科医は語る。「彼らには妻と愛人がいますからね。だから、愛人のところで過ごしてから、妻のもとに帰らなきゃいけない。なのに一回しかできない、というわけです」いわゆるクーリッジ効果元アメリカ大統領の名前から由来するl(性的バリエーション)。不倫や浮気は楽しいものだから精力絶倫の男性は数と量で複数の女性を満足させることができたかもしれない。

しかし、年月が経つと男・女の性的欲求への好みは多様性を楽しむものへと変化し、ステレオタイプのセックスに飽きてしまうという。夫婦の新鮮さを保っていくには停滞期に入ってきたらすこし工夫・変化をつける。それによって刺激・興奮を与えられ妻へオーガズムに導き満足させることが夫婦円満のコツともいえる。一口に工夫といっても前戯として指で強弱をつけつつ女性器を愛撫してあげるものの、経年するにつれ指先が角質化及び逆爪となって凶器となり、その傷口から細菌感染するも恥ずかしさから我慢する。lその結果、重篤化し産婦人科へ通う羽目になり長期治療をする女性たちがたくさんいる。

これに懲りてセックスレスに陥る女性は数多くいる。そのケガ防止対策としてアダルトグッズの数々を用いるようになっているのが今どきの性文化として一般的になっている。その中に女性にも買いやすいバイブレーター(オナニー用)というものがある。八年間で百五十万個売ったという。月に一万個、そして年末になるとクリスマス・プレゼントなどで二万個は売ったという商品もある。他社の品揃え豊富なバイブレーター、その他アダルトグッズなど販売数からみると各家庭に一個はあるということになる。

赤バラ 不倫の恋は出会いにもドラマがある

「不倫」と呼ばれる関係にある男女は、いつどこで出会うのか。
 圧倒的に多いのはやはり職場、及び仕事関係。男女が顔を合わせる回数が多いほど、恋愛関係に陥りやすいという心理学の統計をそのまま如実に表しているかのようだ。上司と部下、あるいは仕事で関係のある他社の異性と。
恋に落ちて
計算と本能
歯止めが利かなくなるから恋心を白状するのか、怪しい雰囲気になったところから歯止めが利かなくなるのか。
 それは不倫に限らず、恋愛においては微妙なところかもしれない。
「どちら、または両方に家庭があるのに」男女の場合、多くは肉体関係をもつまでにかなり時間がかっている。やはりその関係において、逡巡(しゅんじゅん)が大きいのだろう。
「好きになっても相手が独身だから、なかなか好きだとは言えなかった。ずるいかもしれないけれど、相手に引きずられたとはいう形で関係をもちたかった」

「不倫の恋をする男」の本音」

「僕は子供がいなくても働き。そういう立場だと、恋をしたとき、どうしても“離婚”が頭にちらつくんですね。僕がいなくても妻は一人で立派に生きていける。
 だけど、目の前の彼女が僕がいないとやっていけないんじゃないか、と考えてしまって。
 それでも結局、離婚しないのは・・・・。なんでなんだろう、自分でもよく分からないんですが」
男たちが置かれている状況、「恋に落ちる年齢」
恋はしようと思ってできるものとは限らない。だが一方で、生活上、あるいはその人が置かれている精神上、恋をするような下地があるときに、人は恋をするともいえる。
 社会的にも家庭的にも恵まれている男性がいるとする。本人も現状に大満足し、一分一秒でも唯一愛する女性である妻と一緒にいたいと思っている。この男性に、恋の入り込む余地があるだろうか。百パーセント満たされていたら、人はきっと恋には振り向かない

恋愛謳歌型男だって「不倫」悩みはある…?

一方で、不倫に対する罪悪感がもともと少ない男性もいる。
 どちらかといえば、恋愛謳歌型だ。結婚生活を重視しながら恋愛も謳歌する男性もいれば、家庭よりも恋愛を重きを置きがちな男性もいる。
 彼らは一見、人生を人の何倍も楽しんでいるように見える。だが、彼らとて、全く悩んでいないわけじゃない
男が「嫉妬」という名の逆襲に出るとき
周りで家庭のある男性とつき合っている独身女性は多い。
 女性が社会で働くことが当たり前になりつつある今、独身で三十路(みそじ)を越え、なお仕事を生活の中心に据えたい女性にとって、妙な言い方だが、家庭ある男性とのつきあいは“都合がいい”と言えなくともない。

 いてほしいときにいない寂しさはあるだろうが、その寂しさに耐えられるなら、「生活を共にしなくてもいい関係」は、ある意味、「男女間関係のいいところ取」なのだ。結婚すると、共働きであっても、どうしても女性の方に生活の負担は大きくなる。

 女性が男性よりずっと多忙だとか、ずっと収入が多いとなると話は変わって来るだろうが、通常は夫婦として、なぜか夫の仕事を優先させる傾向がある。
男が「不倫の恋」で得るもの、失うもの
うまく不倫する男とは!?

日本の「不倫・浮気」

本表紙大企業の社員は、いい仕事に就いているからもてはやされる。しかし、ステレオタイプのイメージからすると、サラリーマンのほとんどは会社人間で、仕事以外に趣味をもったり、女性を惹きつける方法を学んだりする時間がない。
「日本において、婚外セックスは責任をともなわない関係なんです。それが婚外セックスの魅力となっているんですよ」

「夫の『不倫』相手を別れさせる結婚相談所」
結婚生活に活を入れようとする女性もいる。岡野あつこは、東京でサラリーマンとその妻を対象とするセミナーを主催する起業家だ。アメリカ以外の国でアメリカ風の不倫の教祖として活躍している人物、といったらまず彼女が挙げられるだろう。『夫という名の他人』をはじめとする自己啓発本を出している岡野は、この業界にはいって一三年でおよそ四〇〇〇人の相談に乗ったという。結婚問題で相談をしてくるクライアントの半分はセックスレスの悩みを抱えていて、そのほぼ全員が浮気性のパートナーとよりをもどしたがっている、と岡野はいう。
 夫でも妻でも不倫をするのは、親密な関係、リラックスした楽しいいっとき、精神的な支え、セックスを必要としているからだ、というのが岡野の説明である。そういうものを夫婦間で得られるように指導するのが、彼女の仕事だ。そのさい、夫と妻が夫婦の関係についてふたりで話しあったり、セラピストが登場することはない。岡野はべつのタイプの専門家を呼ぶ。それは、日本のセックス産業で働いている女性たちだ。男性たちを喜ばせる術を心得ていて、妻が夫になにを望んでいるか男性に教えられる人材にしてまさにうってつけ、というわけだ。

 岡野に雇われたソープ嬢たちは相談所を訪れた男性たちに、性風俗の店でするような短いセックスを妻たちは実は楽しんでいないと教える。そして、ムード照明やキャンドルで雰囲気を盛り上げたり、妻への褒め言葉を囁いたりするように指導する。「女性はムードと前戯を大切にするのが普通です。慌ただしいセックスは好みません。男性はそれがわかっていない」と、岡野は説明する。

 妻たちはすてきな奥さんに変身するべく、『マイ・フェア・レディ』さながらのレッスンを受ける。まず、ぶかぶかのTシャツとおばさんくさい下着を身に着けてはならない、と指示される。ソープ嬢たちが性のテクニックを披露して、性風俗店で行われていることを教える。さらには、夫の前で脚を組んだりセクシーにふるまったりする方法を指導する。たとえば、こんな感じだ――これからは、ご主人が帰宅したらキッチンからお帰りとただ声をかけるのではなく、玄関まで出ていって抱きつきましょう(そうしたらご主人がお尻をまさぐるでしょう、と岡野はいう)。

 「プロの女性たちが教えてくれるのはセックスのテクニックではなく、セックスまでのプロセスなんです」岡野が行っているプログラムは、通常三カ月(料金はドルにして二五〇〇ドル)。とくに「色気のない」奥さんのために、六カ月のコースも用意されている(料金は約四二〇〇ドル)。

女性同士が線で結ばれないようにすることが最低限の男の器

不倫は、一般的には、「三角関係」と表現される。だが、不倫は本当に三角関係なのだろうか。
 配偶者、当事者、恋人を三点を線で結んで、三角形にするからもめ事が起こるのではないか。私には不倫はむしろやじろべえや天秤というイメージが強く、また、そうでなくてはならないという気もしている。やじろべえであれば、家庭ある男がまん中、そして両方の重しがそれぞれ妻と恋人、天秤であればまん中で天秤棒をかつぐのが男、そして秤にはやはり妻と恋人。

つまり、家庭ある男が独身女性とつき合おうと思ったら、それなりに両方の女性に配慮し、女性同士が線で結ばれることだけは避けなければいけないのだ。それが最低限の男の器ではないだろうか。

 もう時効だと思うから書くが、過去、私もつきあっていた男性の妻に罵(ののし)られことがある。こういうときは、お定まりのように「泥棒猫!」という言葉を、妻という人種は吐くのだなとぼんやり感じた記憶がある。若かった私は、
「罵る相手が違う」
本表紙 亀山早苗著より一部引用

赤バラ妻たちが恋に落ちるとき

 心の隙間に恋が忍び込む?
 妻たちはいったい、どんなときに恋に落ちるのだろう。
 携帯電話やパソコンの出会系サイトに妻たちが登録、そこから恋愛が始まったり、ときには援助交際があったり、という話は、もはや聞き飽きた感がある。週刊誌には、人妻の不倫があたかも「流行」で、「誰でも平然としている」かのようにも書かれている。

 そして、その背景として必ず指摘されるのが、「心の隙間」という言葉。家庭生活に不満がある、夫との関係がうまくいっていない。恋に落ちる妻たち、と聞いたとき、誰もがイメージしがちな、そんな背景は、果たして本当なのだろうか。

 妻たちは、「心の隙間」を埋めるために、夫以外の男と恋愛するのだろうか。そうであるなら、婚外恋愛をしない女性たちは、心に隙間がないほどに完全に満たされているのだろうか。そもそも心が完全に満たされている生活など、存在するのだろうか。
ネットでの出会い
 中でも、現代ならではというのが、やはり出会い系を初めとするネットでの出会いだ。別に恋を求めているわけではない。最初は、好奇心から書き込む人が大多数だ。
「一年ほど前、主人と大ゲンカしたんですよ。なんだか虚しくなってしまって、友だちにグチったんです。そうしたら、友だちにが『ここにアクセスしてみたら?けっこう男友達が見つかるわよ』と、ある出会い系サイトを教えてくれました。

興味半分でアクセスし、『夫と大ゲンカしました。グチりたい気分です』って書いたら、『いくらでも聞きますよ』というメールが一日で五十通くらいきました。その中で、気の合いそうな人を選んでメールのやりとりが始まり、最終的にある一人の人とウマが合って‥‥。彼とはメールのやりとりが三ヶ月、電話のやりとりが一ヶ月くらいあって、それから会おうといことになったんです」

結婚前の恋に、妻が再度走って

妻に恋愛された夫たちは、いったい、どういう心理になるのだろうか。嫉妬、自分のプライドが傷つけられたという思い、裏切られたショックなど、女性たちが夫の浮気で感じる思いと、どんな違いがあるのだろうか。夫たちの行動に出るのだろうか!?
本表紙 亀山早苗著 一部引用

赤バラ『不倫の惑星 世界各国、情事のマナー』

パメラ・ドラッカーマン著 佐竹史子訳より一部引用
「不倫・浮気」情事にもルールはある、法律のない秘密の領域
不倫を罪悪と見なしていない男性たちに嫌悪しつつも、文化の違いを痛烈に感じたという。アメリカ人の不倫に対する潔癖さがちがう文化を持つ国では通用しないことに興味をもち、アメリカ、フランス、ロシア、日本、アフリカ、インドネシ、中国で不倫に関する取材を行った。

 著者は取材で訪れた国で学者、結婚カウンセラー、実際に不倫をしている男女にインタビューをし、独自の切り口でその国の不倫事情を考察していく。フランスは不倫大国であるという通念をくつがえし、精神科医が「不倫は義務だ」と豪語する仰天の国ロシアを紹介し、死という代償をはらってでも不倫が行われている南アフリカの複雑な事情を明るみにしている。さらには、宗教が不倫を禁じることができるか、短期間の経済発展が不倫ひいては男女関係にどのような影響をあたえるかも論じている。

 恋愛のきわめてプライベートな領域にふみこんで真相をつかむのは、むずかしい。不可能といってもいいかもしれない。それを承知で、その危険な謎の領域に果敢に切り込んでいく展開は、スリリングで読み応えがある。

 不倫は法律のない秘密の領域といえる。その領域においては、人それぞれ自分なりの判断で行動するかを決める。実際、情事にもルールはある。わたしたちアメリカ人はあちこちに情報を求め、情事の顛末やゴシップからルールを学ぶ。いずれにせよ、ルールを決めるさいの参考となる話は、なにが”普通”かをはっきりさせ、長い結婚生活のあいだに起こってもおかしくない出来事を具体的に語っている。もちろん、人生はルールどおりにはいかない。あえてルールを破る人もいる。肝心なのは、だれもがルールの内容を知っていて、そのルールに照らし合わせたとき自分の行動がどこに位置しているかわかっている、ということなのだ。

 「話をちょっと聞くだけで、大体のことがわかるわね」伴侶の浮気を知った人を対象にした電話相談を行っている、カリフォルニア在住のペギー・ヴォーンはいう。「細かい話は聞きたくない。だって、それぞれの情事がどんなに違っていても、相談者の心の状態は簡単に予想がつくから。つぎのセリフが、読めてしまうんですよ」

 アメリカ的な不倫劇を、わたしたちアメリカ人はよく知っている。そのシナリオのひとつに、不倫している男性は妻とうまくいっていないと愛人に言わなければならない、というのがある。ぼくはけがわらしい浮気者じゃない、自分にふさわしい愛や思いやりをごく普通に求めているか弱い男なのだ、というわけだ。取材を通じて知ったことだが、中国の男性は愛人の前でしょっちゅう妻を褒める。女性を尊敬していることを証明し、不倫はあくまで不倫であることをはっきりさせるためだ。

 アメリカ以外の国の教養ある中産階級の人々が不倫に対して全く違う見解をもっていることを知らなかったら、いま述べたような不倫に対する考え方はごく普通のものだとわたしは思ったかもしれない。アメリカ人の思考パターンに首をかしげる外国人は多い。不倫が発覚したときのヒステリックな喧嘩、すぐに持ち上がる離婚話、結婚カウンセリングの救いの力にたいする信頼、さらには、夫婦生活をつづけるには互いに正直であることがもっとも大切であるという考えさえも、外国人には理解できない。彼らがことさら面白がるのは、アメリカ人が見事にやってのけるジギル博士とハイド氏さながらの芸当だ。アメリカでは、不倫をしていた人間が一転して不倫問題の教祖に生まれ変わり、自伝を出版して不倫の危機をいかに”生き延びる”かを説くのである。違っているのは、不倫の後日談だけではない。アメリカ以外の国では、人々はそれぞれ独自の考えを持っている。だれと不倫をするか。不倫のカップルは互いにどのような義務を負っているか。関係をどのように清算するべきかについてすら、独自の考えをもっているのだ。

 不倫は法律のない秘密の領域といえる

その領域においては、人それぞれ自分なりの判断で行動するかを決める。実際、情事にもルールはある。わたしたちアメリカ人はあちこちに情報を求め、情事の顛末やゴシップからルールを学ぶ。いずれにせよ、ルールを決めるさいの参考となる話は、なにが”普通”かをはっきりさせ、長い結婚生活のあいだに起こってもおかしくない出来事を具体的に語っている。もちろん、人生はルールどおりにはいかない。あえてルールを破る人もいる。肝心なのは、だれもがルールの内容を知っていて、そのルールに照らし合わせたとき自分の行動がどこに位置しているかわかっている、ということなのだ。

万国共通のものもある。浮気に寛容なはずの国であっても、国民のほとんどはパートナーの不倫を知ると深く傷つく。しかし、それ以外の細かい部分は国によってさまざまだ。現在つきあっているパートナーとしかセックスしない関係は、恋人同士がたがいに言葉で確かめあってはじめて成立する、というのはアメリカ都市部でのデートのルールだが、アメリカ以外の国でその”話し合い”の話題をもちだすと、人々はきまって困った顔をした。アメリカ人は交際相手がいてもインターネットのサイトに載せた恋人募集記事をそのままにしておくが、外国人はその事実におどろく。「二人の関係について話し合わない限り、自分は相手にとって唯一の恋人だと思ってはいけません」と、あるコラムニストが結婚相談のウェブサイトで警告している。
話し合うときは、「ざっくばらんに話し合いましょうといった朗らかな口調で、自分の気持ちを伝えるように」。

「アメリカ風、複数の恋人候補と付き合う」

 実際、何人かの恋人候補と同時に付き合ってもまったく問題ない比較検討の期間が設けられている、アメリカ風の”デート”文化を受け入れている文化はあまりない。アメリカでは、複数の恋人候補と付き合う期間が他の国に比べて長い傾向がある。さらに、ほかの国の人々は、交際相手との関係が深まった出来事に注意を払うことはあっても、それをふたりで話し合うことはあまりない。フランスの哲学者ベルナール・レビは、ワシントンDCの飛行機で列に並んでいるとき、自分たちがまだ交際しているだけなのか、それても”特別な関係”に進展したのかについて若いカップルが話し合っているのを耳にした、と書いている。「交際そのもの、つまりじきに特別な関係となるものが、カップルから切り離されて別のものとして一人歩きする現象は、フランスではぜったいに起こりえない」と彼は述べている。

 話し合いがすんだあとでも、アメリカ人は頻?にほかの人間とつきあう(その頻度は、既婚者の浮気よりも断然高い)。男女ともに、一〇年、ときには二〇年にわたって、だれがパートナーにふさわしいか多くの候補者を秤にかける。ようやくひとりの人間に落ち着いて結婚を決意する男女は、自らゴールラインを引くのである。一方、不倫のルールはそれとはまったく逆である。パートナー選びの情け容赦ない期間にある程度の浮気は認められているが、いざ結婚すると、わたしたちはパートナーに絶対の忠誠を求めるのだ。女性たちは「『夫がほんとうにわたしを愛しているなら、ほかの女性の体というか胸を見ても、ピクリとも反応しないはずだ』と考えます。レストランで夫がほかの女性を見ると、激怒するんです」と、結婚を推進する団体をワシントンDCで主宰しているダイアン・ソーレは述べている。「わたしたちアメリカ人はあまりにもロマンティックなのです。ロマンティックなルールを少しでも乱すものがあると、それが離婚の原因となってしまうのです」

「既婚者の不倫」

 それほどまでに監視が徹底していて罪悪視されているのに、どうしてアメリカの既婚者は不倫をするのだろうか? もうひとつのルールがあるから、というのがその答えだ。表向きのルールでは、不倫はぜったいに悪いこととされている。これは、世論調査の質問にたいする回答のようなものだ。実のところ、不倫をするとき、ひとはもうひとつのルール、いうならば裏のルールに従う。社会学者のジェームズ・ファレが指摘しているように、どんな文化にも、不実を働いても仕方ないとだれもが認めるシナリオが必ずあるのだ。

 アメリカでは、申し分のない結婚は単なる理想ではなく、権利と見なされている。ニュージャージーに住むヘッジファンドのマネジャーは、美しいが退屈な二番目の妻を捨てて愛人と一緒になろうとしていたが、子犬のような表情をうかべて、「ぼくは幸せになりたいんです」と私に語った。幸福もしくは真実の追及は、アメリカ人が情事を正当化して浮気のやましさを克服するときに持ち出すシナリオとして、もっともよく見られるものだ。

 パートナーを裏切るときに必要なのは、だれもが納得するシナリオだけではない。それらのシナリオを演じる舞台もまた、必要とされる。男女が友人付き合いをしてふたりきりの時間をすごすことが許されるのか? 夫と妻は余暇を一緒に過ごさなければならないのか? ベビーシッターは簡単に雇えるのか? 家はどのくらいの大きさか? 私がモスクワにいるとき家族心理学者が語ってくれたことが、多くのロシア人は部屋がふたつしかないアパーメントに住んでいるという。ひとつは若夫婦とその子どもの部屋、もうひとつには夫婦どちらかの両親が住む。「若夫婦はまったくセックスができません‥‥そういう家庭にとって、不倫は両親と頻?に喧嘩をするよりはましな選択、ということになりえるのです」と、心理学者はいった。

「妻の『浮気』によって生じた痛み、屈辱感」
 アメリカのセラピストは、また別の問題を取り上げている。不倫を探り当てることが何年にもわたって結婚生活の目的となってしまう、という問題である。伴侶にたいする長年におよぶ執拗なまでの疑心――そのあいだ、ほかのことは一切どうでもよくなってしまう――に捕らわれる人は多い、と専門家たちはいう。

 その捕らわれから抜け出せない人々もいる。二五年前、ニールは奥さんが病院に運ばれたという電話を受けた。上司に殴られたのが原因だったが、痴話げんかをしたらしい。当時三〇代後半で、ボルティモアの非営利団体で副代表を務めていたニールは、上司と妻の間に何かがあったに違いないと思った。真相を突き止めようとした彼は本人が言うところの”狂気のさた”の悪環境におちいり、いまでもそこから抜け出せないという。

 わたしは現在六四歳になるニールは、メンフィス郊外の教会で会った。彼は顎がたくましい、長身の上品な男性だった。バスケットボールが好きで、孫ともよく遊ぶという。しかし、奥さんの浮気の詳細を語るときにはおだやかな物腰が消えて、その高貴な顔を思い切りゆがめている。

 「この一件を何度も考えずにすむ日には、一日も、ほんとに一日もないんです。それも、ちょっと気になったけどすぐにまたほかのことに集中できる、というわけではないんです。そう。常に背中がチクチク痛むって感じ。痛みはけっして消えません」

 妻の浮気によって生じた痛みがこれほどまでに長引いていることに、ニールは驚いている。彼は知的な男性だ。妻の浮気以外にも傷ついたり屈辱感を味わったことは何度かあるが、すべて水に流してきた。わたしも不思議だった。たしかに、伴侶の裏切りは悲しく屈辱的でおぞましいことだろう。しかし、アメリカ各地でインタビューを行ったとき、人々はみなニールとおなじように、自分は心に傷を負って悲しみに暮れているだけではないと、わたしは何度もくりかえした。そうではなく、これまでの人生観が崩壊してしまったのだ、と。「過去をうばい去られてしまったわ」と裏切られた側のひとりが語っている。「なにが本当で、なにが嘘なのか、わからなくなったのよ」

 アメリカ夫婦家族療法協会は、「伴侶に裏切られたひとの反応は、大災害の被害者がかかる心的外傷後ストレス障害の症状に似ている」と警告している。すべてが崩れ去るこの感覚を説明するのに、ひとはひどく極端なたとえ話をする。シアトル近郊に住む四〇代の女性は、「浮気を知ったときは、九.一一みたいな感じでした。ビルが上からだんだん崩壊していくみたいな」と語っている。伴侶の浮気に悩む人々のウェブサイトに書き込みをした女性は、夫の浮気を知った時の心境を二五万の命を奪った二〇〇四年のアジアの津波に例えている。

「婚姻法の制定、姦通罪」

パートナーとしか性交渉をしない一夫一妻制はアメリカ人のDNAに組み込まれている。一七世紀にアメリカに植民地を建設したピューリタンは、ご存知のように、姦通罪をさまざまな場所で公開の鞭打ち刑に処し、ときには死に至らしめていた。有罪となった姦通者は、A(ときにはAD)の文字を”いちばん上に着る服の外側”につけることを命じられたが、ナサニエル・ホーソンの『緋文字』の主人公ヘスタ・プリンの場合とはちがい、文字の色まで特定されることは普通なかった。ピューリタンは不倫の定義を聖書に求めたが、そこに姦通者として挙げられているのは結婚あるいは婚約している女性と、その相手のみである。よその女性と関係した既婚男性は、姦通罪よりも軽い私通(正式に夫婦でない男女が関係を持つこと)の罪に問われただけだった。
 アメリカが独立を果たすと、指導者たちはあたらしい共和国をかがける理念のシンボルとして、ふたたび結婚を利用するようになった。ハーバード大学の歴史学者ナンシー・コットはそれについて、洞察に満ちた著書『国家のための結婚』で取り上げている。アメリカの創設者たちにとって、結婚は政治的自由のシンボルだった、とナンシーは語っている。夫と妻それぞれが自由意志によって相手への義務を負い、ふたりの関係から利益を得る。もちろん、創設者たちの頭にあったのは、男女の結びつきではなかった。一夫一妻制で、死がふたりをわかつまで性的な忠誠を守りつづける、キリスト教精神にのっちった結びつきのみを正式な結婚と見なしていたのだ。

 初期の議員たちは、なにごとも成り行きまかせはしなかった。結婚を望まないアメリカ市民は、禁欲を余儀なくされた。婚姻法の制定は州政府に任せられていたが、私通、男色、不倫など婚姻以外でのありとあらゆる性交渉が禁止されたのだ。”姦通”(他人の配偶者と関係すること)、”誘惑”(人妻をそそのかすこと)、”愛情移転”(配偶者の一方の愛情を第三者に向ける、配偶者権にたいする侵害)、などの犯罪は、罰金に科せられた。妻の肉体は夫に帰属すると法律で定められていたために、以上のような行為は夫に対する犯罪だった。それでも市民が婚外セックスに走るのを食い止めるために、一九世紀にはほとんどの州が妊娠中絶を禁止し、連邦政府は”不道徳な”内容の郵便物を送ることを違法としたが、それはとうぜん避妊の情報も含まれていた、とナンシー・コットは述べている。

 しかし二〇世紀にはいるころには、多くのアメリカ人が厳格すぎる道徳観にうんざりしていた。いずれにせよ避妊の方法は普及してきており、西欧諸国の女性たちが婦人参政権運動を起こし、フロイトが人間の行動の源は性衝動であると論じていた。女性は性に関して受け身一方だとする考えが古いものとなり、女性たちは満足のいくセックスは幸福な結婚生活の条件の一つだと思うようになった。

 国益の守り手である裁判官たちは、以上のような性にたいする大らかな姿勢を警戒した。刑事犯としての不倫の刑期を五年に延ばし、さらに徹底して、不倫を起訴する民事法を制定する州もあった。しかし、社会の風潮を元に戻すことはできなかった。一九二〇年に女性は参政権を獲得し、妻は夫の所有物であるとする法律のほとんどは廃止された。

「クリントンへの弾劾裁判」

 二〇世紀の半ばになると、政府は国民の私生活の取り締まりをゆるめた。一九六〇年、アメリカ食品医薬品局がピルの販売を承認した。一九七三年、連邦最高裁所が中絶禁止の州法を撤廃した。そして、もっとも画期的な進歩として、一九六九年から八〇年代のなかごろにかけて、すべての州が無責離婚を認める法案を採択した。つまり、幸せでないという理由だけで、結婚を解消することができるようになったのだ。自分で稼げる女性がますます増えて、不倫のような罪を犯した夫をお払い箱にできるようになった。その前の世代の女性だったら、おそらく黙認していた罪である。国民一〇〇〇人当たりの離婚率は一九六七年には二・六人だったが、一九七九年には五・三人に跳ね上がった(その後は、下がっている)いつ子どもをつくるか、もしくはつくるかつくらないか、結婚をつづけるべきかどうかなどの決定は個人にゆだねられ、国が干渉することは大幅に減った。
出産と結婚が個人の問題になっていくにつれ、不倫もあらたなシンボリックリンクな意味合いをもつようになった。婚外セックスが国の運命を左右するものではなく、個々の家族と人生に影響を及ぼすものとして浮かび上がってきたのだ。アメリカ人は不倫問題に気を揉むのはやめなかった。
それどころか、より厳しい目を向けるようになった。不倫はそれ以外のありとあらゆる悪事が一気に生じてくる可能性のある、はじめの一歩の犯罪だとひきつづき見なされた。とはいえ以前とはちがい、この悪事は国家ではなく、不倫をする者の家族や人生に影響を与えると考えられた。不倫は事実上、私的なものとなったのである。姦通罪はほとんどの州において法律書からはずされ、おもに文化的な遺産として残ったのだ。
 ほとんどのアメリカ人は、情事は私的な罪であると当時すでに考えていた。クリントンへの弾劾をアメリカ下院が可決した直後にCNNとギャラップが行った世論調査によると、クリントンへの支持率は一〇ポイント上昇して、過去最高の七三パーセントとなった。一方、共和党への支持率は一二ポイント下がって三一パーセントだった。
深い悔恨にとらわれたひとりの人間が、深い後悔と自責の念と自分に対する怒りをわたしたち全員にはっきりと示すのを、私たちは見た」と、ある議員がのちに報道関係者に語った。「家族にした仕打ちを語る彼は、本当に辛そうだった」スター報告書が細部にわたって暴き出したスキャンダルは、皮肉なことにアメリカ国民と大統領との和解に一役買ったようである。

「嘘、真っ赤な嘘、そして不倫」

『不倫』という言葉には、不誠実だとか、?つきだとか悪いイメージがある。
学者たちはぜったいに”不倫”という言葉を使わない。「汝、犯すことなかれ」という声が天から聞こえきそうな言い回しだからだ。
一九九二年にアメリカで行われた調査では、セックスを「他者との合意にもとづく性器接触。もしくは性的興奮、高揚感(ようするに、性交やオーガズムに至らなくても大いに燃えること)をともなう行為」と定義している。情事の臨場感がいくぶんなりにも伝わってくる書き方だ。
ひとが浮気する理由について調査したが、その調査結果は、回答者たち全員のある種の傾向を示しているが、それをひろく一般的なものとして捉えることはできない(ちなみに、この調査で浮気をしていると答えた女性たちは、その理由を浮気相手と恋に落ちたからとしていたが、浮気をしている男性たちは「性的な刺激」を求めたことを理由にしていた。その後、浮気の理由をはっきりとさせた調査はひとつもない)。

文化人類学者ローラ・ベッツィグは、一八五の文化において不倫が離婚の主な原因になると発表している。
インディアナ大学の動物学者で、のちに性科学者となってアルフレッド・キンゼーだ。彼はアメリカ人の性行動にかんする有名な研究報告を一九四八年と一九五三年に発表問題はした。キンゼーの報告書に実際に書かれている結果は、四〇歳までに男性の五〇パーセント、女性の二六パーセントが婚外セックスを経験している、とされているのである。
キンゼーの報告データのほとんどは、約一万八〇〇〇人の若い白人の男女から集めたものである。その場所は彼の主観で選んでいたのである。キンゼーの調査に回答した人々がアメリカ人の代表、というかごく普通の人だと考えるのは無理がある。

「浮気をしたと答えた男性、女性の比率」

 それから数十年、やはりあてにならない調査が行われ、キンゼーのデータをより確かなものにしたり、さらに高い不倫確率を”発見”したりした。さまざまな雑誌が読者にアンケートをして、とんでもないデータを発表した(《コスモポリタン》誌は、三五歳以上の既婚女性の六九パーセントが浮気をしたことがあると書きたてた)。一九七〇年代、自称性科学者のシアー・ハイトが、政治団体に所属する女性たちに調査用紙を送り、女性誌に調査依頼の広告を載せた。

 その方法で得た結果は扇情的でマスコミをにぎわせたが、信じるに足りるものかどうかは疑問だ。ハイトは七二パーセントの男性に浮気経験があると結論づけ、そのあとの調査で、五年以上結婚している女性の七〇パーセントは浮気経験があると発表した。
一九九一年、結婚相手以外と性交渉をしたことがあると答えたアメリカ人は、男性はわずか二一パーセントだった。そのあと行われたいくつかの調査では、いずれもその数値を上回っていたが、キンゼーのデータに近づくことはなかった。二〇〇四年の調査で、少なくとも一回は浮気をしていると告白したのは男性二一パーセント、女性一二パーセント(男女あわせて、成人のわずか一六パーセント)だった。四〇年の結婚生活でたった一度だけ浮気をしたことがあるという人も、個々に含まれている可能性がある。
ある研究グループは、浮気をする確率が最も高い年代は、女性では二〇代、男性では三〇代という結果を出した。中年期を境に、男女の差は開いてくる。五〇歳になるころには、ここ一年以内に浮気した女性の比率はほぼゼロになるまで下がっていった。

この一年の間に浮気をしたと答えた男性の比率は、四〇代から五〇代にかけてはほぼ横ばいの三パーセント強だが、六〇代になると下がっていった。とはいえ、男性も歳をとるとそのまま落ち着いていくのだと思いきや、彼らはふたたび勢いを取り戻すのである。七〇代の既婚男性のおよそ三パーセントが、この一年間に複数の相手と性交渉を持ったと答えていた。男性は歳を重ねると恋愛のチャンスが増えるという定説をそのまま反映しているようだ――六五歳を過ぎた人口比は女性四人に対して男性三人で、その男女の人口比の不均衡は年齢が上になるほど広がっていくのである。

「ロシア男性、女性の浮気比率」

一九九六年に行われた調査データをなんとか入手していた。サンクトペテルブルクがロシア全土を代表しているわけではないが、その調査結果はロシア全国の統計があったらさぞかしすごい数値になっていただろう思わせるものだ。いまの伴侶と結婚してから現在まで、男性の五五パーセント、女性の二六パーセントが”よそで性関係”をもった、と答えている。
サンクトペテルブルクがロシア全土を代表しているわけではないが、一九九六年に行われた調査データをなんとか入手していた。その調査結果はロシア全国の統計があったらさぞかしすごい数値になっていただろう思わせるものだ。いまの伴侶と結婚してから現在まで、男性の五五パーセント、女性の二六パーセントが”よそで性関係”をもった、と答えている。

精力絶倫の高齢者は人種に関係なくいるが、そんな彼らもアフリカ系アメリカ人にはさすがにかなわない。一九八八年から二〇〇四年のあいだ、この一年間複数の相手と性交渉を持ったと答えた既婚者は、黒人は七・四パーセント、白人は三・一パーセントだった。貧しい国での不倫率は驚くほど高いことを明らかにしている。ナイジェリアでは、同棲もしくは結婚している男性の一五パーセントが、この一二ヶ月のあいだにパートナー以外と性交渉を持ったと答えている。ハイチでは男性の二五パーセント。コートジボワールとカメルーンではともに男性の三六パーセント。トーゴ(西アフリカにある、ウェストバージニア州とほぼ同じ大きさの国)は首位の三七パーセントだ。

「諸国不倫事情」

 特別に断りのない場合は、この表「結婚もしくは同棲している人々」のなかで1年以内に複数の性交渉の相手を持った人のパーセンテージを示している。調査対象の年齢はさまざまだが、とくに断りのない場合は大体15〜49歳である。このチャートは包括的なものではなく、決定的なものではない。示された数値を単純に比較検討することはできない。データのなかには、一夫多妻制が許されている国のものもある。

  国         男性    女性
トーゴ(1998)      37・0    0・5
カメルーン(2004)    35・5    4・4
コートジボワール(1998) 36・1    1・9
モザンビーク(2003)   28・9    3・1
タンザニア(2005)    27・6    2・6
ニジェール(1998)    25・4    0・8
ハイチ(2000)      23・4    0・6
ベナン(2001)      22・6    1・5
ザンビア(2002)     22・3    1・2
ウガンダ(2001)     20・1    0・5
ブルキナファソ(2003)  19・9    0・7
チャド(2004)      18・3    0・8
中国都市部(2000)    18     0・8
ドミニカ共和国(2002)   15・2    0・6
ナイジェリア(2003)    15      na
メキシコシティ(2001)   13・8    0・7
ジンバブエ(1999)     13・5    0・1
ペルー(1996)       13・0    1・2
ナミビア(2000)      13・0    0・4
ブラジル(1996)      12・0    0・8
ケニア(2003)       11・5    1・6
ノルウェー(1997)     10・8    6・6
中国(2000)*        10・5    na
ボリビア(2003)       8・6    0・4
イギリス(2000)**      7・3    3・5
エチオア(2000)       6・9    1・0
アルメニア(2000)      4・7    0・1
フィリピン         4・5    0・0
アメリカ(2004)***      3・9    3・1
フランス(2004)****     3・8    2・0
イタリア(1998)       3・5    0・9
ルワンダ(2000)       3・2    0・1
ネパール(2001)       3・0    0
スイス(1997)        3・0    1・1
オーストリア(2002)     2・5    1・8
カザフスタン(1999)     1・6    0・9
バングラデシュ(2004)    1・6    na
*20〜64歳の既婚者のみ
**16〜44歳の既婚者のみ
***18歳以上の既婚者のみ
****18〜54歳の既婚者のみ

  アメリカにおける婚外交渉
 18歳以上のアメリカ人の既婚者で、12カ月以内に複数の性交相手をもったひとのパーセンテージ。
      男性   女性   総合
1988    5・0   2・8   3・9
1989    5・8   1・7   3・6
 90    5・3   2・3   3・8
  91    5・4    3・4   4・4
  93    4・1    1・9   2・9
  94    3・6    1・3   2・4
  96    5・2    2・5   3・8
  98    4・9    2・5   3・6
2000     5・6    2・3   3・8
  02    4・3    1・9   3・0
  04    3・9    3・1   3・5
 出典 General Social Survey

清廉潔白なイメージの裏には好色な一面もあるはずだと思っている。その予想が外れるとイギリス人はがっかりするのだ、と。

「義務としての情事、不倫は必要」

「不倫はいまでは絶対に必要な、なくてはならない人間関係なんですよ。義務なんです」彼女はいきなり専門家っぽい口調でいった。

 それって冗談? どうも互いの話が見えていないようだ。わたしは通訳を介して、婚外セックスが義務だといっているのかどうか、その精神分析医に聞いた。

 精神分析医は平然といってのけた。「わたしは、婚外セックスは賢明な行為だと思っています」さらには自説を裏付けるようにこうも言った。わたしは結婚して一五年目になるけど、何度も婚外セックスを楽しんできたわ、もっとも最近は仕事が大変で回数は減ってるけどね。彼女はぜひフルネームで自分を紹介してくれといって、スペルをまちがわないようにスヴェトラーナ・アルテモヴァとわたしのノートに名前を書いてくれた。
 情事をきっかけに夫婦の絆が強くなる場合もあるというセラピストの説を耳にしたことはあるが、婚外セックスは幸福な結婚生活には欠かせないものであり、情事は義務である説は聞いたこともなかった。これはロシアのひとりの精神分析医の、あくまでも個人的な見解なのでは? 通訳のアンナによれば、アルテモヴァは精神科医としてすばらしい業績をあげている、尊敬すべき人物だとのこと。アンナは現在離婚していて成人した息子がいるが、アルテモヴァの意見はもっともだし、驚くようなことはないといった。
 
ロシアでは信頼できる全国規模の調査ははされていないが、サンクトペテルブルクで一九九六年に行われた世論調査では、現在の配偶者との結婚生活において男性のおよそ半数と女性のおよそ四分の一が浮気をしたことがあると答えている。ということは、期間をいまの配偶者との結婚生活に限らずこれまで浮気をしたことのある人は、さらに多いということになる。ロシアの都会に住む人々は、先進諸国のなかでもっとも不倫率が高いようだ。

 しかし、以上の調査結果はあくまでも本人の自己申告にすぎない。不倫によって社会的制裁を受けることはあまりないロシアでは、経験がないのに浮気をしたことがあると吹聴して、女たらしを気取る男性もいるような気がする。一九九四年の意識調査で、不倫は「まったく悪いものではない」もしくは「ごくたまに悪い場合もある」と回答したロシア人は四〇パーセント近くいた。
同じように答えたアメリカ人は、わずか六パーセントだ。その調査した二四カ国のなかで、ロシアは不倫にも寛容だった。人々が浮気を自慢する国にわたしは来たのだ。

 不倫は――本当のものであれ、男らしさを見せるための嘘であれ――ロシア人にとって、問題にならないのだろうか? ご近所の奥さんと火遊びなどしないほうが、幸せに暮らせるとは思わないのだろうか? わたしが訪れたのは、先進諸国のなかでの婚外セックスの中心地らしい。ロシア人がどうして頻?に不倫をするのか、それがなんらかの役に立っているのか探ることにしよう。
情事が受け入れられる決定的な要因は、男は性欲をコントロールできないという共通認識のようだ。男性は(ときとして女性も)生まれつき一夫一妻制を守られないようにできているという説を、わたしは世界のいたるところで耳にした。しかしアメリカとヨーロッパでは、浮気の衝動は押しとどめなければならないとされている。一方でロシアでは、浮気願望は野放しにされている。わたしがインタビューをしたロシア人女性たちは、夫に浮気をしないでもらいたいが、実際にはそうはいかないと答えた。さらには、不倫が日常茶飯事になっているために、それを防ぐのは不可能だという認識がいっそう強くなっているようにも思える

日本の「不倫・浮気」

大企業の社員は、いい仕事に就いているからもてはやされる。しかし、ステレオタイプのイメージからすると、サラリーマンのほとんどは会社人間で、仕事以外に趣味をもったり、女性を惹きつける方法を学んだりする時間がない。
「日本において、婚外セックスは責任をともなわない関係なんです。それが婚外セックスの魅力となっているんですよ」

「夫の『不倫』相手を別れさせる結婚相談所」
結婚生活に活を入れようとする女性もいる。岡野あつこは、東京でサラリーマンとその妻を対象とするセミナーを主催する起業家だ。アメリカ以外の国でアメリカ風の不倫の教祖として活躍している人物、といったらまず彼女が挙げられるだろう。『夫という名の他人』をはじめとする自己啓発本を出している岡野は、この業界にはいって一三年でおよそ四〇〇〇人の相談に乗ったという。結婚問題で相談をしてくるクライアントの半分はセックスレスの悩みを抱えていて、そのほぼ全員が浮気性のパートナーとよりをもどしたがっている、と岡野はいう。
 夫でも妻でも不倫をするのは、親密な関係、リラックスした楽しいいっとき、精神的な支え、セックスを必要としているからだ、というのが岡野の説明である。そういうものを夫婦間で得られるように指導するのが、彼女の仕事だ。そのさい、夫と妻が夫婦の関係についてふたりで話しあったり、セラピストが登場することはない。岡野はべつのタイプの専門家を呼ぶ。それは、日本のセックス産業で働いている女性たちだ。男性たちを喜ばせる術を心得ていて、妻が夫になにを望んでいるか男性に教えられる人材にしてまさにうってつけ、というわけだ。

 岡野に雇われたソープ嬢たちは相談所を訪れた男性たちに、性風俗の店でするような短いセックスを妻たちは実は楽しんでいないと教える。そして、ムード照明やキャンドルで雰囲気を盛り上げたり、妻への褒め言葉を囁いたりするように指導する。「女性はムードと前戯を大切にするのが普通です。慌ただしいセックスは好みません。男性はそれがわかっていない」と、岡野は説明する。

 妻たちはすてきな奥さんに変身するべく、『マイ・フェア・レディ』さながらのレッスンを受ける。まず、ぶかぶかのTシャツとおばさんくさい下着を身に着けてはならない、と指示される。ソープ嬢たちが性のテクニックを披露して、性風俗店で行われていることを教える。さらには、夫の前で脚を組んだりセクシーにふるまったりする方法を指導する。たとえば、こんな感じだ――これからは、ご主人が帰宅したらキッチンからお帰りとただ声をかけるのではなく、玄関まで出ていって抱きつきましょう(そうしたらご主人がお尻をまさぐるでしょう、と岡野はいう)。

 「プロの女性たちが教えてくれるのはセックスのテクニックではなく、セックスまでのプロセスなんです」岡野が行っているプログラムは、通常三カ月(料金はドルにして二五〇〇ドル)。とくに「色気のない」奥さんのために、六カ月のコースも用意されている(料金は約四二〇〇ドル)。

「ライバルとなった愛人を排除方法」

 岡野は週に一回の電話によるカウンセリングもしている。夫に愛人がいると相談者が取り乱して電話をかけてくると、岡野は「落ち着いて」とアドバイスする。「仕返しは後になってもできる。いまはにこにこしているのが一番。頭ごなしに怒鳴ってはだめ。ご主人の心がますます離れていくだけだから」岡野のやり方で行くと、夫婦が情事について話し合うことはない。

あたらしいランジェリーを買っても、夫がよその女性に心を移す場合もある。そういう場合は、ライバルとなった愛人を排除しなければならない、と岡野は語る。そうするために岡野が勧めるのは、恥も外聞もないやり方だ。岡野は相談者の女性に、「仕事の件で話がある」との口実をつけて夫の上司にひそかに会い、上司を味方につけるようアドバイスする。上司会うときは、高価なお土産を持っていくことが肝心だ(「日本人はお貢物に弱いのよ」と岡野)。夫に愛人がいることを打ち明けるさいは、不倫をするなんて不潔だとは言わずに、夫が家族への義務をおこたっていると訴えるようにする。上司が同情したり、これ以上面倒なことになるのは避けたいと思ったりすればしめたもので、愛人と別れるように夫に圧力をかけてくれるだろう、というわけ。

 それでもだめだったら、岡野はさらにもっと恥も外聞もない過激な手段に出る。夫の愛人の両親に匿名の手紙を出し、お嬢さんが既婚男性と関係していると報せるのである。両親が手紙の内容を十分に理解したころを見計らって、岡野は奇襲攻撃をしかける。岡野本人、相談者である妻、アシスタント数名が両親の家に張り込み、帰宅する彼らを待ち伏せにするのである。待ち伏せが数時間に及ぶこともしばしばだ。やがて愛人の親が帰ってくると、岡野たちは家の入口に近づき、目的を告げてから、上がらせてくれと頼む。それから家のリビングで話し合いが行われるのが普通で、妻は自分にとって結婚や子どもがどんなに大切か涙ながらに訴える。すると愛人の親はたいてい、ご主人と別れるように娘を説得しますと請けあってくれる。

日本人男性だって、セックスをしたがっているはずだ。おそらく日本人女性も。夫婦は互いに忠誠を守らなければならないという考えに、彼女たちはこだわっていない。それでも、ほかの国の女性たちと同様に、性的に充足しているロマンティックな結婚を望んでいる。女性たちのそういう気持ちを男性が理解しないため、独身のままいることを選ぶ女性は増える一方だ。

  少なくともひとりは愛人がいる

 そう遠くない昔、南アフリカの黒人居住区アレクサンドラで働く医療関係者はある現象に気づき、それを「アレックス・シンドローム」と名づけた。六〇年代半ばの貧しい黒人男性たちが、インポテンツを訴えて頻繁に病院に来るようになったのである。しかしじきに、毎晩、一回か二回しかセックスできない状態をインポテンツだと訴えていることが分かった。
「男性たちはみな、我を忘れるほど取り乱していました」と、当時、病院に勤めていた精神科医は語る。「彼らには妻と愛人がいますからね。だから、愛人のところで過ごしてから、妻のもとに帰らなきゃいけない。なのに一回しかできない、というわけです」

 この問題は、ひとつの黒人移居住区に限った話ではない。サハラ以南に住む男性たちのなかで婚外交渉を経験したことがある人の率といったら、ロシア人ですら上品に思えてしまうほど高いのだ。南アフリカの都市ヨハネスブルクから四八〇キロ離れた。モザンビークの首都マプトで二〇〇三年に行われた調査では、同棲している男性の二九パーセントが、過去一年間に複数の性交渉の相手をもったとこたえた。アメリカやフランスの既婚男性でそのように回答した率の七倍である。

「浮気はみだらな道楽から命取りの行為」

 常識的に考えて、性道徳の問題が持ち上がるのは、パートナーを日常的に裏切ったり、妻以外の女性を妊娠させたり、金銭やお手当てを与えてセックスをしたりする場合だろう。しかし南アフリカでは、そういう常識が通用しない。なにしろ成人の五人にひとりは、エイズを発症させるHIVウィルスをもっているのだから。これまで一〇〇万以上もの南アフリカ人がエイズによって死亡している。わたしがこの原稿を書いている現在、HIVの感染はきょう明日ではないが死期が確実に迫っていることを意味する。エイズ発症を遅らせる抗レトロウィルス薬を入手できる国民は、ごく一握りだからだ。

 そういう情事から、浮気はみだらな道楽から命取りの行為へと変わった。不倫はHIVウィルスをあっという間に広めていく高速道路の役割を果たしている。ウィルス保持者が不特定多数の人間とセックスをすれば、そのウィルスに強い伝染力がある場合、瞬く間にウィルスが広がっていく可能性がある(感染力の強いウィルスを持っているのは、初めて感染した人である)。一九九〇年、南アフリカの産婦人科病院でHIVに感染していることが判明した妊婦は一パーセント以下だった。二〇〇〇年には、四人に一人が感染している。

「HIVの感染率が世界一高い国」

 スワジランドはひどく貧しい国だが、HIVの感染率が世界一高い国でもある。『CIAワールドファクトブック』によると、スワジランドの成人の三九パーセントが感染している(ちなみに、南アフリカの成人はおよそ二二パーセント)。男性の平均寿命は三二歳、女性は三三歳。これだけでも、感染経路が多岐にわたっていることがわかる。二〇〇〇年、国王は生徒と教師が性的関係を結ばないように、女子生徒にミニスカートをはくことを禁じた。翌年、一八歳以下の女性とセックスを禁じたが、すぐに自らその禁止を破った。九番目の妻として、一七歳の女性を選んだのだ(国王は罰金として、牛一頭を国におさめた)。

 ムスワティ三世は、妻を複数もつことで廃れつつある国の伝統を守っている、と主張している。南アフリカの男性の多くは同じ意見をもっているようだ。南アフリカのごく普通の人々も男女に関係なく、自分たちの祖先は一夫多妻だったという。さらに、昔は家庭に何人もの妻がいて男性の性欲を満足させていたから、男性があちこちで浮気をしなかった、とも。ところが現代は、複数の妻を養うだけの余裕がないから、男たちはよそに女性をつくる、というわけだ。
 この見解はあやまった歴史認識から導かれたものと思われる。ヨハネスブルクにあるウィットウォータスランド大学の二名の歴史学者の説によると、一夫多妻制はけっして一般的なものではなかった。植民地時代以前の南アフリカで妻が複数いたのはごく一握りの少数の人々――族長や金持ち――だけだったと記している。さらには、浮気をしたいという男性の気持ちを抑えるのに、一夫多妻制はあまり役立たなかった。婚外セックスもまた、一夫多妻制と同様に伝統的なものだった、とピーター・ディリアスとクライヴ・グレーザーは結論づけている。

 セックスに関する規律を守っている敬虔な人々は、超正統派のユダヤ教徒だけではない。イスラム法のなかで結婚と女性のたしなみについて書かれた項目は八〇パーセントにのぼる、という計算結果もある。一七世紀にイスラム教がスンニ派とシーア派に分裂したのは、預言者マホメットの最年少の妻アイーシャが魅力的な若者と浮気をしたか、それともラクダに相乗りしただけなのかをめぐって対決したからだ、との説もある。

 イスラム教、ユダヤ教、キリスト教はみな、不倫をもっとも罪深いこととして禁じている

モーセの十戒は不倫を禁じ、隣人の妻を欲してはならないとしている。イエスは婚外セックスを想像することすら罪であるとした。女性を「欲望を抱いて」眺めるだけで、「すでに不倫をしたことになる」というわけだ。

 しかし、以上のような宗教のなかで、不倫禁止の掟は簡単に守ることができる、としているものはひとつもない。キリスト教の教理問答集は、以下のように記している――「自制心は、長く厳しい鍛錬によって身につくものだ。いちどで得られるものと思ってはならない。一生を通じて、たゆまざる努力が必要となる」。キリストの使徒である聖パウロは、不倫を魂にたいする肉体の反乱と呼んでいる。イスラム教徒とユダヤ教徒はともに、誘惑を遠ざけるために女性は肉体を衣類で隠し、男女がなるべく行動を共にしないようにしている。

とはいえ、婚外セックスを厳しく禁じられているから、敬虔な人々はほんとうに浮気をしないのだろか? 掟や障害をもうけることで、人間の性欲を結婚生活へ健全に導くことに成功しているのだろうか? 神の怒りを買うことへの恐れがあるから、敬虔な信者は一人のパートナーにたいして誠実なのだろうか、というか、少なくとも無神論者より誠実なのだろうか?

インドネシアには貧しくて美しい若い女性が大勢いる。その事実の前では、アラビア語でいうところのジナー、つまり婚外セックスをイスラム教が禁じていることなど、どうでもよくなるようだ。「成功して財をなした男たちは、ほとんど浮気している」プスポはいう。「わたしの友人も、ほとんどは浮気している。ほんの遊びで、娼婦と浮気しているよ」妻たちは夫に辞めろということができない、と彼。「妻が怒ったら、男はますます浮気をするからね」夫の不倫が原因で離婚した女性が再婚したら、その再婚相手もまたおなじことをするだろう、とプスポは説明する。
インドネシアの宗教裁判所は、誕生、死亡、結婚などの家族関係の問題をあつかう。二番目、三番目、四番目の妻を娶りたい男性は、この裁判所で結婚の登録を行うことになっている。妻たちを平等にあつかう、現在の妻の許可を得てからあたらしい女性を迎えられる、という一夫多妻制をとるにあたってイスラム教が定めている一般的な条件を加えて、インドネシアの法律は現在の妻が不妊症、重い病気にかかっている、夫の性的な要求にこたえることができない、などの条件が必要であるとしている。

「裁判所はまず夫の経済状況を調べ、訴えを起こした奥さんが性的に夫を満足させているかどうか調査するが…・」

法律の条文にはそう書かれている。しかし、金メッキをほどこした法廷をめぐって裁判を見学しているときに助手が話してくれたところによると、夫が妻である自分の許可を得ないであたらしい妻を迎えたと訴える女性がたまにいるという。裁判所はまず夫の経済状況を調べ、訴えを起こした奥さんが性的に夫を満足させているかどうか調査します、と助手。どういう判決が下されるかは一概には何とも言えないが、妻の年齢がだいぶいっている場合は、それだけで不利だという。「閉経を迎えた女性には性欲がありません。でも、おなじ年頃の男性はまだ性欲が強いですから。一夫多妻制が採用されているのも、このためです」と助手は語る。

なんだか、よくわからない。妻の許可を得なくても、男性はあたらしい妻を娶ることができるのか? べつの裁判所職員の話によると、実際のところ一夫多妻婚の登録をしにくるカップルは年に一組かニ組で、壁の年間図によれば今年にはいって登録をしたカップルはいまのところゼロだった。わたしのインタビューにこたえてくれたそのふたり目の職員は、以下のように説明した。「一夫多妻婚には二種類あるんです。裁判所にきて許可を求める健全なカップル。それに不健全なカップル――つまり、登録をしない人たち。不健全なカップルはたくさんいます」昨年は一組が登録に来たが、手続きが完了しないうちにマレーシア人の夫は雲隠れしてしまった。恐らく、登録したら無用な面倒を背負いこむことになる、と誰かに指摘されたのだろう。

基本的に、二番目、三番目、四番目の妻を娶りたい男性は、わざわざ結婚の登録などしない。その女性の住む家を建てて、子づくりに励むだけの話しである。ほかの妻(ひとりの場合もあれば、複数の場合もある)が最後にそれを知る、ということも珍しくはない。そういう妻たちが訴えを起こす場所はこの宗教裁判所だが、勝てる見込みはあまりなさそうだ。

 わたしのインタビューに答えてくれた二番目の裁判所職員の話によると、第一夫人が子どもを産める健康体で、夫の性的な欲求にちゃんと応えていることを証明しても、裁判官は夫に有利な判決を下すだろうとのこと。「夫に許可を与えないと、欲望を満たさせるために引き続き浮気をするでしょうから」と職員は語った。
インドネシアをはじめとしてイスラム教国の大半では、残念なことに性に関する信頼できる統計データがない。複数の国で世論調査を行う研究者も、イスラム世界ではセックスに関する質問をはぶく傾向がある。イランは不倫をした者を投石の刑に処して死に至らしめるが、そのような国における不倫率をさぐるのは、不可能なのだ。

一夫多妻制は、男はひとりの女性だけでは満足できないという考えを正当化しており、事実上、既婚男性がよその女性とつきあうことを許可している。たとえその夫が妻にする気はないとしても、だ。「一夫多妻制は不倫を誘発します。二番目の妻と結婚する前の交際期間は、不倫をしているのと同じですからね」ウィルトモは語る。高い教育を受けた女性でさえも、わたしが一夫多妻制の話を持ち出すと、恥ずかしそうにくすくす笑う。彼女たちは、自分の夫が第二夫人を迎えたいと言い出したらどうしようかと、常に心配しているのだ。
 
「世界のどこに目を向けても、信仰心の深さと不倫の相関関係は見出すことは難しい」
フランス人とイギリス人はアメリカ人にくらべて格段に信仰心が薄いが、この三国の不倫率はほぼ同じである。サハラ以南のアフリカ人は非常に信仰心に篤く、その地域の国々の多くは、国民の八〇パーセント以上が宗教は自分たちにとって「とても大切である」と答えている。しかし、アフリカはおそらく、パートナーを裏切る男性の割合がもっとも高い大陸である。ラテン系アメリカの人々もまた信仰心が篤いが、同時にしょっちゅう浮気をする。

 イスラム教とユダヤ教には、アメリカの税法が簡単に思えてしまうくらいに複雑な戒律があるが、ともに婚外セックスを正当化する抜け穴もある。インドネシアでは一夫多妻制ができるために、何のお咎めも受けずに妻以外の女性たちと付き合っている男性がいる。信心深いユダヤ人のなかには、愛人を持つことを許している不可解な戒律を見つけて実行している男性もいる。皮肉なことに、大まかな道徳的な規範がひとつあるよりも、細かい戒律がたくさんあるほうが不倫をしやすいし、罪の意識に悩まされることもない。

 結局のところ、人間の行動を決定づけるのは宗教というより土地柄だ。アメリカの敬虔なキリスト教徒の行動様式は、他の国のキリスト教徒というよりも、無宗教のアメリカ人のそれに近い。同様にインドネシアの性文化は、信仰心が篤い国であるという事実と同じくらいに、貧しい国であるとい事実によって形成されている。ブラジル人が浮気をするかしないかは、彼らの信仰心の度合いに左右されるだろうが、それと同じくらいに比較的裕福で不倫率が低い南部に住んでいるか、性的に放縦な北部の貧しい地域に住んでいるかによって違ってくる。

ブックリンに住むハシディームの人々は

、アメリカ社会規範に自分たちが飲み込まれてしまうのではと本能的な危機感を抱いている。テレビを禁じている宗派があるのはそのためだ。しかし、自分たちの住んでいるせまいコミュニティーを、退廃という大海に囲まれた純潔の孤島にしてしまうのは、危険である。外の世界への好奇心をかえってあおってしまう。さらに、世俗の世界に足を踏み入れるときには人目を忍ぶ必要があるから、その行き先は限りなくいかがわしい場所にならざるをえない。

 どこの国でも、浮気の天罰を恐れていると語ったひとは男女のべつなくひとりもいなかった。罪悪感がまったくないようなひともいた。しかし、罪悪感にさいなまれているひとたちはみな、自分が恐れているのは夫や両親や牧師の非難だと語った。南アフリカにおいて、感染症は現実感の乏しい実態のない幽霊と見なされているが、神もまた同じような存在なのだ。ある人物が浮気をするタイプかどうか見極めたかったら、信仰している宗教を聞かなくてもいい。パスポートを見せてもらって、その人物の友人に会えば答えは出る。

「性的な忠誠にたいする毛沢東のこだわり」

 一九四九年に政権を握った共産党の毛沢東は、愛人を囲うことは重婚にあたるとし、法律で禁じた(一九九七年までイギリス領だった香港では、愛人を持つことは禁じられなかった)。売春もまた禁じられた。毛沢東は性の乱れを、自己中心的な快楽らふける金持ちを連想させる”ブルジョワ的”行為と激しく非難した。すべての人民を対等にすることで、国を一新させようとしたのだ。

 性的な忠誠にたいする毛沢東のこだわりは、実質的であると同時に感情的なものでもあった。毛沢東が確立したような独裁政治は、セックスのようなごくプライベートな領域まで国家が介入すれば、人民を完全に支配できると見なすのである。秘め事の中の秘め事ともいえる不倫を取り締まることは、偽政者にとって究極の目標ちとなる。
 自由恋愛もまた、中国共産主義の犠牲となった。一九六六年から毛沢東が死亡した一九七六年までつづいた文化大革命のあいだ、都会に住む若者は家から離され。数年間にもわたって農家での労働を強いられた。地方のもっとも熱狂的な強制労働所では、喫煙や恋愛がはっきりと禁じられた。都会に戻ると許可をもらうためにだけに結婚した男女もいたが、当時は愛というより政治、経済、家の繁栄のために結婚するのが普通だった。と社会学者の査波は説明している。結婚はしばしば、党の幹部の許可を必要とした。

「恋愛やセックスといった私生活について語ることは、ブルジョワ的だと見なされた。つまりタブーだったのである」と、エミリー・ホニッグは論文「社会主義のセックス」のなかで書いている。彼女はさらに青年時代に農村に強制的に送られた、いわゆる”下放された”人々の以下のような回想を紹介している――「愛をテーマにした書籍はすべてポルノであり、愛をテーマにした音楽はすべて低級であると考えられていました。愛し合っている男女は危険人物とのレッテルを貼られました」。卑猥な冗談を禁じる指令もあった。人々は手書きで書いた恋愛小説をこっそり回し読みした。そういった小説の著者は捉えられて、”ブルジョワ的な愛”を広めた罪で投獄されたこともあった、とホニッグは記している。

 毛沢東は以上のような制約を自分には課さなかった。毛沢東の長年の主治医が一九九四年に発表した暴露本のなかで、著者の李は、毛沢東の側近たちは主席の性欲を満足させるべく、「若くて魅力的な政治思想に信頼できる」女性たちをつねに集めいた、と記している。李によると、毛沢東は処女が好きで、何千もの愛人を囲っていた中国の皇帝を気取っていたという。郊外の別荘で夕食がおわったあと、最新の愛人とその妹と三日間、密室にこもったこともあった。そのあいだ毛沢東が部屋から出てきたのは、上海市長との会合に出席したときだけだった。

 中国で不倫が増えつつあるという確固とした証拠はない。毛沢東が政権を握っているあいだ、有意義なセックス調査は行われなかったので、比較になるデータがないのだ。しかし二〇〇〇年に全国規模で行われた調査、中国健康家族生活調査では、中国の最富裕層である都会の男性は、全人口にくらべて浮気っぽいとの結果が出た。この一年間に浮気をしたと答えたのは都会の男性で約一八・三パーセント、女性で三・二パーセントだったが、そう答えた中国全域の男性の場合は一〇・五パーセントだった(中国全域の女性のデータはない)。上海では、離婚を望んでいる人々のおよそ四〇パーセントが、別れたい理由は不倫だと答えている。かつてはひどく難儀だった離婚手続きも、いまは一〇分程度ですむし、その費用はフラペチーノ一杯より安い。

 中国の経済成長は、おとなり香港の人々の欲望に火をつけた。香港は一九九七年に中国返還されるまでイギリスの植民地だったため、香港人は共産党の圧制がもっとも激しかった時代を経験しいてない。しかし中国に洪水のように流入したニューマネーによってイーライ(第二夫人)が香港国境にまで押し寄せ、香港の男性にも恋愛を求める気持ちをもたらしたのである。香港で雑用係をする四一歳のマーティンは、イーライをいかに安く囲うことができるか熱っぽく語りながらも、自分と彼女(出会ったときは一八歳だった)は強い絆で結ばれていると言い張った。彼女が以前勤めていた深?のマッサージパーラ―に通いつめていた時期は、恋愛期間だったとマーティンはいう。「彼女もそれを望んでいるんだって、わかっているからね」アパートメントに一緒に住むのを決めたときのことを、彼は語る。

「不倫がもたらした副産物」

 北京政府の不安は、定期的に表に噴出している。不倫が伝統的な家族中心主義を破壊し、殺人率を上昇させつつあると役人がかつて発表したのも、そのひとつだ。情事はなにか問題が起きたときに罪を着せることができる格好のスケープゴートであり、地方と都市との収入格差といったより深刻な問題から国民の目をそらせることができる話題である。

 不倫がもたらしたであろうもうひとつの副産物は、政府内部の腐敗である。専門家グループの調べによると、汚職で有罪判決を受けた当局関係者の九五パーセントが愛人を囲っており、中国南部(深?もふくめる)では一〇〇パーセントが愛人を囲っていた、とのことである。この腐敗を解決するには不倫を一掃するしかない、と専門家たちは結論を下している。

いささか入り組んだ論法だが、当局関係者が不正を働くのは豪華なバカンス、ブランド物の靴などをねだる愛人にこたえようとするからであり、愛人を持たなければ、横領をしなくてもすむだろう、というわけだ。

 政府機関が不倫阻止に乗り出すこともたまにある。南京市は市の役人全員に、自らの愛人関係についての報告書を提出するように命じた。深?をふくむ広東省では、同棲をしたカップルに罰として二年間の強制労働収容所暮らしを科す法案が通過した。その法令は、既婚男性と中国本土の愛人を告発する立場にいる妻は香港に住んでいて、そこでは中国本土の法律は通用しないからである。

「アメリカ人は『不倫』にたいしてひどく潔癖」

 わたしたちアメリカ人は、自分たちについてさえ誤った見解をかたくなに持っている。アメリカで一九四〇年代から一九五〇年代に発表された信憑性のない統計データは、不倫がごく一般的に行われていることをほのめかしていたが、わたしたちはいまだにそのデータを信じているのである。いまの人妻はセールス販売プレゼンテーションと保護者会のあいだを縫って浮気をしているという話に、こっそり喜んでいるアメリカ人すらいる。男と同様に浮気願望がある女性が増えているらしい、というわけである。

 アメリカ人は不倫にたいしてひどく潔癖だが、昔からそうだったわけじゃない。わたしの祖母の世代の女性たちが、いまの結婚生活で自分は満たされているのだろうかと思い悩むことは普通なかった。しかし、一九六〇年代に離婚が昔に比べて格段に簡単になってくると、アメリカ人女性は結婚――および、暮らし――をとてつもなく高い水準に保つようになった。わたしたちは完璧な健康体を得ようと躍起になり、精神的に満たされた結婚と自分だけを見てくれる夫を求めている。
アメリカでは、生きてい上で避けては通れない苦悩すら、結婚が解決してくれると思われている。結婚している女性は、自分は孤独で誰からも理解されないと思いわずらわずにすむ。
なぜなら、結婚しているのだから。身構えることもなく、何でも打ち明けられるひとが、この世に少なくともひとりはいるのだから。敬虔なアメリカ人は聖書を引用して、わたしたち夫婦は”ひとつの肉体”なのだという。前の世代の人々は一夫一妻制を貫くことにおそらくもっと楽天的だったのだろうが、現代ではほんのちょっとのあやまちが、少なくとも理論的には離婚の原因となる。不倫のせいで、ハッピーエンドが台無しになる。現実はそう甘くないことを示す証拠があるにもかかわらず、自分にはハッピーエンドがもたされるはずだ、とわたしたちは信じているのである。

 夫婦は忠誠を守るべきとするこの過度なこだわりが、功を奏しているようにはとても思えない。わたしたちアメリカ人の不倫率は、浮気にたいして比較的寛容な外国人のそれとほぼ同じである。個人的な幸せを追い求めるあまり、不倫に走ることすらあるのではという気がする。みたされるために不倫が必要だったら、不倫をして何が悪い、というわけだ。
 不倫の魅力認めようとさえしないアメリカ人もいる。そういう人々は「浮気したければ、離婚してからしろ」という。情事が刺激的なのは伴侶の目を盗んでやるからこそだろうが、その点を見逃しているのだ。わたしたちはときとして、束縛されると同時に自由でもいたいと願う。情事はふたりの関係がどう終わるか思い煩うことなく、情熱的な恋愛のおいしい部分を提供してくれる。いや、関係はすでにおわっているともいえる。伴侶との関係が。

本表紙パメラ・ドラッカーマン著 佐竹史子訳


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赤バラ世界で最もセックスの少ない国

 世の中ではセックスレスという言葉をよく聞くが、それは本当なのだろうか。世界的なコンドームメーカー・デュレックスの二〇〇五年の調査によると、アフリカを除く世界四一カ国三十一万七千人のアンケートで、日本はセックス頻度ダントツ(?)最下位だったと発表された。一位はギリシアで、平均年百三十八回、アジアの国々は平均的に欧米よりは少ないのだが、それでも日本人の平均四五回というのは、群を抜いて少ない。その結果を見て、私の周りでは、「そんなに多いの! 嘘だ、この調査」と言っている男女が多かった。一般的な人々の実態は、もっと少ないと見てもいいのかもしれない。

いったい、どのくらいの期間、既婚で心身共に熟した女性たちがセックスから遠ざかっているのだろう。
四〇歳も近くになってきたら、このまま『オバサン道』を突き進んだらいけない、とは思っているんですが。夫ですか? 浮気? まさか、とは思いますが分かりません。そこまで疑っている時間がないと言うのが本音です」

 そう言いながら、とある女性はちょっと不安そうな表情を浮かべた。引っかかる所があるのだろうか。
「そういえば以前、夫が求めてきたとき、私、とても疲れていたので拒否したことがあったんです。それっきり夫は誘って来なくなった。気にはしていないと思うんだけど、私からもそのことには触れられなくて‥‥。夫婦であっても、性についてはなかなか話し合えませんね」

 心のどこかで気づいている。自分が拒絶したことから端を発しているということに。
以前、四十代前半の男友達が言っていたことがある。

「ある晩、隣に寝ている妻に手を伸ばしたら、『疲れているから嫌』って背中を向けられたんだ。あのときの虚しさといったらなかった。それ以来、自分からは一度も誘っていない」

 彼によれば、男のプライドが傷つけられたということだろうか。断り方にしても、「嫌」という言い方はないだろう、というのが彼の言い分だった。子供が可愛いし、妻を嫌いになっているわけではないけど、彼はときどき、外で浮気を繰り返している。「男として」妻に見られないことが、彼を寂しい気持ちにするそうだ。

 夫も妻も、性に関しては些細なことで不安になったり自信を無くしたりしていく。恋人同士なら話せることも、夫婦という役割を担う立場になると、急に「話せないこと」と封印してしまう。

「恋愛の賞味期限3年」

と言われる目まぐるしい楽しいふたりの出会いの日々においては「したい思考」が働き脳を刺激し女性ホルモン(膣分泌液)が盛んである、それも一つあるが結婚願望も強いからなおさら嫌われたくないから少々の体調不良であっても性拒否はあまりない。
おなじく賞味期限3年と言われる結婚後生活においては、どうしてもきょうでなければという理由がないので、体調不良であるとか、乗り気でない日などは妻から進んでセックスをしたがらない、たいていウザいと拒否されるというわけです、夫を嫌っていなくてもこのようなことが自然なかたちで思わず出てしまう、これが女心とは秋の空という諺(ことわざ)ではないでしょうか。

 だから男は、さほど性的欲求を伴わない子宮静止期間でのセックスにおいては女性からのサービスであるということ、則(すなわち)無理強いしてはならない、辛抱強くまつか「される思考」から「したい思考」へと変わらせる何か心地よい新たな“刺激”を見つけ出す、あるいは作ることで、未成熟な若夫婦であったらならば=視覚系脳で感じる興奮であったり=運動系脳の後ろは、人として受ける感受性や皮膚感覚を担う脳があり、これは感情系脳とリンクしています、今日は天気がいい、身体もスッキリ気持ちがいいと思うのは、皮膚感覚を担う脳と感情系脳が連動しているからです。

 視覚系脳が感じる=アダルトビデオなどで新たなテクニックをふたりで見つけ。あるいは、皮膚感覚を覚醒さるテクニックを身につけられることで、 「セックスレス」になることを防ぎ、感性豊かな夫婦生活。あるいは性生活を得られることは、これから二人がともに生涯を全うしていくためには必要なことではないでしょうか!!

「男の劣等感」

 男性というものは少なからず劣等感を抱いているもの、なぜかというと知人・同僚の中には一人ぐらいは凄く立派と思われる逸物を持った人がいるものです。というわけで少なからず男は劣等感を抱いているものです、本当に良かったのか?と男は不安になり、パートナーへ「イッタ」「ヨカッタ」と行為のあとに執拗に聞くなどする、その心理を裏返せば常に不安との闘いなのです。劣等感を抱いているものだから性行為のあとに必ずきょうはどうすごくよかった? などとパートナーに聞くのです。
 性生活において肉体の記憶・エクスタシーを妻あるいはパートナーに植つけよう・満足さつづけなければか自分からいつかパートナーあるいは妻が離れていかないかという不安なのです。
 その不安を払拭させてくれるのが、Googleサイト2013年8月から発売の避妊・避妊方法として用いても優れ、着用によっていままでとはまったく違った心地よさを感じる 避妊用具(ソフトノーブル)を用いることで、今までちょっぴり不満足であった「夫婦生活」あるいは「性生活」に充足感をあたえることが容易なことでセックスレスとは無縁になるかもしれません。今まで購入されたお客様の声のページ記載のように凄く喜ばれていますし、そして一人として懐妊した、ケガをしたなど等らの報告は受けておりませ

「子宮の神秘的働き」

1、子宮は排卵のとき躰からかぐわしい心地よい匂いの異性を意識したフェロモンを20代前半までは特に強く発する、このように受胎のため生理を生涯約400回繰り返し行うといわれております。このように規則正しい生理がおこなわれることで女性は男性に比べると性欲による、と思われる凶暴性は見受けられない。

 則(すなわち)フェロモンを発散させ遺伝子を残すための子宮自ら精子吸引微細動中の、わずか数日しか女性は性行為をしたがらないということが性科学上の分析で解る。ということはオギノ式避妊法(子宮「静止期間」)でいうところの期間では女は発情しない。則、セックスは必要としないということになります。
でも男の優しい愛撫ありの甘たるいキスなど直接身体にふれられて「させられ思考」となると女性ホルモン(愛液)分泌が盛んになり男性を向かいれる準備を整えオガィズムを欲するようになるものである。

2、生理を生涯約400回終えて閉経期になると、本能的発情期がなくなり、女としての本能が頭の記憶系・聴覚系・視覚系・運動系らの脳組織に、セックスの心地よい残像があることで、素敵・好きという感情が芽生えると男性に口説かれると各脳組織が刺激され女性ホルモン分泌が促されて性行為が可能になるのである。
これも週期的、或いは、常態的に性行為が行われることで子宮が刺激され活発に動くことで、ある程度または最低限の子宮機能が保たれているが、閉経期の女性は一旦長期にわたりセックスが無くなると子宮は委縮して機能が失われてしまう。いくら気持ちがあっても、性行為を行っても体が反応しなくパサパサで乾いた状態では不成立となり女として終焉(しゅうえん)を迎える。


あげまんの法則 引用

初婚の離婚率は48%、だいたい二人に一人がバッイチになる。ところが、再婚後の離婚率は20%以下にとどまっています

男性諸氏のなかには、昔風の貞淑(ていしゅく)な妻を、あげまんと規定している方が少なくありません。夫に黙ってついてくる、それで文句はいわない――たしかに男には都合がいいでしょうが、あまりにも女性の考え方に遠すぎます。

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