控訴裁は、タイトル・セブンの成立過程を検討した後、タイトル・セブンは管理職のこうした消極的な形でなく、法律を制定した議会の意志を代弁するものとして、連邦雇用平等委員会のセクハラに関するガイドラインに依拠するものとした。

第三章 最高裁判決の意義

ピンクバラ1986年、連邦裁判所は、セクハラに関して初の判断を示した。 

 この章では、このビンソン裁判の第一審、控訴審の判決にさかのぼり、司法判断の変還の跡をたどる。さらに、最高裁の判決内容とその意義を検討する。
ピンソンの訴え
 ミッシェル・ピンソンがキャピタル・セービング銀行ノースイースト支店で採用されたのは、1974年9月のことであった。
 九十日間の訓練期間が終わった後、彼女はテラー(窓口係)に昇進した。
 その後ピンソンは、ヘッド・テラー(窓口係長)、そして支店長補佐に昇進した。
 しかし、78年11月、ピンソンは、銀行を解雇された。彼女が病欠中のことであった。
 公民権法第七編(タイトル・セブン)を根拠に、不当はセクハラを受けたとして。ピンソンは、セービング銀行(同行はこの裁判が係争中に合併しい、メリター・セビング銀行とし改称したが、セービング銀行で統一する)相手取って首都ワシントンの連邦地裁に訴えを起こした。なお、この訴えでは、42USCセックション1985(2)と憲法修正第五条もその根拠として加えられていたが、ここではタイトル・セブンのみに関して論じることにする。

 ピンソンは、セービング銀行の副社長でノースイースト支店の支店長であったシドニー・テイラーから性的な要求を受けたと訴えた。
 彼女は、自分が上司と性的な関係を結んだのは、テイラーが彼女の上司であり、その要求を拒否することが怖かったからだと主張した。
 ピンソンによると、テイラーからの要求は、就業中はもとより仕事時間外にも及んだ。
 これに対してテイラーは、仕事に関連した問題で復讐しようとし、話をでっちあげたにすぎない、と反論した。
 また、セービング銀行側の弁護士は、テイラーの主張が正しいと述べた。そのうえで、仮にテイラーが性的要求を行ったのが事実であるとしても、この要求は銀行側が知っていたわけでもなければ、これに同意したり、承諾を与えたわけではないとして、銀行側に責任はないと主張した。

一審敗訴、二審逆転勝訴

 ピンソン裁判の第一審判決は、1980年に出された。
 それは次の二点を骨子としている。
 まず、ピンソンとテイラーの関係は自発的なものであり、セクハラとはいえないこと。そしてもう一つは、セービング銀行は二人の関係を知らなかったため、責任を負わせることはできないということである。
上司のテイラーが知っていたことは銀行が知っていたと同じである、という原告側の主張は退けられた。

 この判決から、80年の時点では、経営者セクハラについて知らなかったことを理由に責任を回避できるという認識が裁判所にもあったということがわかる。
 こうした認識を打ち破ったのが、第二審の判決であった。
 第二審判決は、首都ワシントンの連邦巡回控訴裁判所で1985年1月に出された。

 その骨子は、上司が部下の従業員にセクハラを行った事実を知らなくても、その嫌がらせが職場の雰囲気を悪化させたものであるならば、経営者はその責任を負わなければならない、というものであった。
 セクハラがあったことを知らなくとも、経営者はその責任を負わなければならないという判断が出されたのは、このケースが初めてではない。地裁レベルではこれと同じ判断が示されたこともある。
だが、控訴裁判所では初めてのものとして注目されたのである。
 ここで重要なのは、セクハラを受けた人が必ずしも仕事上明確な損失を被っていなくてもよいということである。
 すなわち、セクハラにより解雇されたなどの実質的な仕事上の損害が伴わなくても、嫌がらせによって職場環境が被害者にとって耐えられないようなものならば、違法行為とみなされるということである。いわゆる「環境型のセクハラ」が認定されたのである。

 この判決は当然、大きな反響を呼んだ。85年1月26日付の「ニューヨークタイムズ」が一面で、同月29日付の「ウオールストリート・ジャーナル」も一面で、それぞれこの判決を伝えたことは、人々の関心の大きさを示しているといえよう。

控訴裁判所の論理

 ピンソン裁判において控訴裁判所は、経営者がセクハラが起こったことを知らなくてもその責任を負うべきものかどうかという点について、タイトル・セブンの条項とその成り立ち過程を検討した。
 裁判所はまず、タイトル・セブンの「経営者」という言葉に注目した。タイトル・セブンでは、「経営者とは、商業に影響を与える産業に従事している人、・・・・ならびにその人の代理人」と定めている。ここから、セービング銀行の副社長のテイラーは、経営者の代理人に相当することは明らかである、との見解を示した。

 次いで控訴裁は、タイトル・セブンの成立過程を検討した後、タイトル・セブンは管理職のこうした消極的な形でなく、法律を制定した議会の意志を代弁するものとして、連邦雇用平等委員会のセクハラに関するガイドラインに依拠するものとした。
 これは、ガイドラインが対等を施行する「行政府の解釈」を示したものと理解したためである。80年代に交付されたEEOCガイドラインは、セクハラを行った管理職の責任も問えると記している。
 さらに、管理職の問題への補償責任を経営者が負うということは、セクハラ以外のタイトル・セブンが禁止する差別行為に関してはすでに適用されていた。
たとえば、人種差別に基づく解雇が行われた場合、経営者がその理由を知らなかったとしても、この違法行為に対する責任を負わなければならない。
 セクハラが対等の禁止する性に基づく差別と規定するならば、これと同じ原則を適用されなければならないはずだろう。この点に、控訴裁判所も注目した。

 管理職が起こした問題の責任を経営者が負うということは、論理的にも妥当なことである。
 なぜなら、問題の責任が復職のような非金銭的なものにせよ、補償金のような金銭的な支払を求められるものにせよ、これを実際に行えるのは権限がある経営者しかないからである。
 仮に、管理職が責任を取るように求められても、その管理職に不当に解雇された人を復職させる権限もなく、また罰金を支払う能力もないというのであれば、救済はなされないことになってしまう。

初の最高裁判決

 セクハラに関して最初に連邦最高裁判所が判断したのは、ピンソン裁判に対してであった。
 時は、86年。原告の訴えから8年の歳月が経過していた。ピンソン判決のなかで、最高裁は次の三つの点で重要な判断を示した。
 まず、第一に、上司が部下に無理やり性的な要求を行うことで、職場に「絶対的な環境」をつくることがタイトル・セブンに違反するかどうかという点。これに関して最高裁は、「報復を伴わない」嫌がらせもタイトル・セブンに違反するという判断を示した。
 その上で最高裁は、原告がこの種のセクハラを受けたかどうか確認するために下級審にこのケースを差し戻すことを決定した。

 第二に最高裁は、被害者の服装が派手だったことが、女性が性的な要求を受け入れようとしていることを示唆しているという被告側の主張について判断した。
 最高裁は、これをタイトル・セブンの裁判と無関係だとして、セクハラは服装に関係なく生じているという見解を示した。

 最後の問題は、セクハラを禁止する社内規則があった場合、そうした行為が起こったことを知らなかったり、知らなかったと十分にみなされるときでも、経営者は必ず責任を負わなければならないのか、という点である。最高裁は、この原則をすべてのケースに厳格に適用すべきではない、との判断を示した。

 これは、タイトル・セブンにおいて従業員が行った行為に対する経営者の責任にある程度の制限を設けることが議会の意志であるとの判断に立ったためだ。
 このため最高裁は、慣習法における代理人原則などに照らしてこの問題を検討させるためにケースを下級審に差し戻した。
 しかし、最高裁はセクハラがあったことを知らなかったこと、苦情処理手続きあること、ならびに、差別に反対する政策が定められていることをもって、責任を回避することが必ずしもできるとは限らないとした。こうした絶対的な責任回避策を認めることは、法律を制定した議会の意志に反するというのがその理由である。

 このように最高裁は、経営者の責任に関して明確な判断を示さなかった。このため経営者は、セクハラを防止する措置をとっても必ずしも自己を守ることは保障されないという、きわめて不明瞭な立場におかれることになった。
 ここで参考になるのは、セクハラに対する経営者の責任について触れたEEOCのテストである。このテストは、次の三点が満たされる場合には、経営者は責任を負う義務がないとする一種の基準である。

(1)  経営者が文書によるセクシャル・ハラスメントを禁止する社内規則を設けており、そのなかにセクシャル・ハラスメントに関する訴えを処理する手順が含まれていること。

(2)  被害者がこの手順を利用しなかったこと。

(3)  経営者が敵対的な環境が生じているのを知らなかったこと。
最高裁は、このテストを基準にすべきであるとは断言していない。だが、経営者にとっては、最低限こうした措置を取っておくことが求められていると言えよう。
 続く 第4章 90年代のハラスメント(セクハラ)訴訟

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