――とうとうポルノを処分
          前回、彼女とのセックスが、ほんの一瞬であるにしろ、重なり合ったときのことを書きました。私にとって強烈な印象でした。それまでのセックスでは「刺激こそが最良」とまで思っていたのに、「互いの心で求め合ったセックス」を体験したのです。
          
          それは、刺激を求めたセックスでは得られない、素朴な感動でした。「彼女と共に生きる悦び」を、しっかりと全身で知ることができたように思います。にもかかわらず数週間後、やっぱり刺激的なセックスを求めている自分がいました。
          
           もともと、頻繁に彼女は応じてくれない。だからといって性欲を抑えられるものでもない。彼女のペースで行けば半年に一度か二度になる。強要する気にもならない。必然的にマスターベーションすることになる。
          
          他に相手を求めれば、事は簡単、だがセックスだけで彼女との関係を失う気になれない。だからどうしてもポルノが恋しくなってしまう。
          
           結果、私だけアタマの中だけがポルノ化され、彼女の意識と大きなズレが生じていた。それだけで済むのであればよいが、彼女とのセックスの時にそういう刺激的なことを思い描き、欲求が高まり、つい口にしてしまう。
          そのつど気まずいセックスを味わう。そんなことを繰り返していくうちに、彼女は私とのセックスが苦痛となっていた。
           
          以前は私が興奮すればいいと割り切っていられた。ところがあのセックスがあってから以来、ポルノに対して少し引っかかるものを感じていた。それは、単に感じるから見ていていいのか、という疑問の気持ちだった。ポルノ化されたアタマは彼女との溝を深めていた。
          
           できれば溝を埋めたい、と、とうとう持っていたポルノ雑誌やビデオを処分しようと思い立った。そしてフェミニストたちのような生き方をすることで自分も生きやすくなるのではと……。
          
          ♂ ユキ、処分したで、未練あるけどエロ本捨てた。
          ♀ ほんとー ふ〜ん。
          ♂ ユキの言うとおりや、あんなんばっかりみてたら何か変なことばかり考えてしまうわ。見たいから見るって割り切っていたけど、思い切って決心した。
           浮かぬ顔して聞いていたユキ、だが、ニッコリ笑い、
          ♀ そう思ったのね?
          ♂ ちゃう、そうしたんや。
          ♀ そう。
           あのセックスから数か月経っていた。意を決し、フェミニストたらんと実行に移し、この日は何事もなく満たされた気持ちで寝た。
          
           ところが次の夜、どうも寝にくい。ジュニアが元気で収まりがつかない。しかし、そこは私のこと、成長の後がうかがえる。
          
こんなにフェミニズムを生きようとしているんや、こんなことで誘惑になんか負けるはずがない
          と、自分に言い聞かせた。案の定、やがてウトウト、気がつけば朝になっていた。
          ♂ お早う、よく寝たわ。子どもたちは?
          ♀ もう学校に行ったよ。
          ♂ ああ、そうか、今日は忙しいの?
          ♀ ううん、そんなに忙しくないよ。
          ♂ あっ、ほんま? じゃあ飲みに行こうか、夜。
          ♀ そうやねえ、行こ行こ。
           意見が合ってその夜、待ち合わせ、デートとなった。
          
          ♂ 久しぶりやね、ここに来るのも。こしてオシャレして食べにくるのって、すごくノッてくるわ。なんかこう、活き活きして、恋したいなあって気にさせてくれる。
          
〈せやけど今日のファッション決まっとるなあ、やっぱり外で飲むのはええもんや、会話の内容までが違う、オシャレや。セックスせんでも満足、満足〉
          
          ♀ 恋? もういい、でもこういうのって必要。こうしてたらスーっとストレス解消されるわ。今日は聞いてくれる? わたしのこと。
           そう言いながら楽しそうにカクテルを飲んでいる。
          ♂ もちろん、何だって聞きますよ。だからってセックスしないよ。
          ♀ あほかー
          
〈良かった。やっぱり必要やなあ、こんなんも。聞きますよなんだって、 僕は甘えられるんやなあ〉
          
           ユキは上機嫌で、めずらしくよくしゃべった。フェミニストとたちのなまの生き様や個性、テンションの高さなどを、まるで恋人のように話すかのように、楽しそうに、どいうわけか、少しヤケた。私にはそういう友だちはいない。
          
           その夜、遅く帰った。
          ♀ わたし、オフロ入るね。
          ♂ あっ、はい。じゃあボク、コーヒー入れとく。
          ♀ いらないよコーヒー、一緒に入ろう。
          ♂ えつ―
          
〈おお、やったあ― 効果てきめんや‥‥ウフ、一緒に入ろうやて、何かあるんやろフロで、ゴクッ。ひょっとしたら〉
           しかし……、期待は見事に外れた、湯船で浸かりながら、まだいろんな仲間のことをはなすではないか。
          
          ♀ はっきりしているよ、気持ちいいぐらい。
          ♂ みんなパワーすごいなあ、おそろしいな女には。
          ♀ そうよ、わたしなんか優しいほうよ。
          〈どこがやねん、こんなになっているのん、気いつかんふりして…・よし、ご機嫌やさかい、ちょっとぐらいいいやろう〉
           おじゃまします、と言ってさっと湯船に入った。
           と、そのとき、
          ♀ ああ、のぼせた。
          ♂ ? ? ?…・
           さっさと湯船から上がり、戸を開けて出ていくではないか。
          
〈んなあほな、一緒に入ろうっちゅうたんちゃうんか〉
           思わず下半身を見た、元気いっぱいのジュニア、行き場を失って怒っている。
          〈しゃないやあ、言ってしもたから。今日は楽しかったし、ユキは幸せ、それが俺の望んでることやないか。お前もそれを望め―〉
           しぶしぶジュニアを納得させた。
           ため息が出た。
          
          ♂ 男と女は。違うんやなあ。
           せめてもの抵抗だったわ。
           それから…・十分ほど経ったであろうか。火照った体を持て余し、いつもならこんなときポルノを見ると。しかしすでにない、書棚を見ると、歴史本が並んでいる、手に取って読もうとした。
           そのとき、さっと戸が開いた。
          ♂ あつ―
           なんと彼女がポーズを取って立っている。
          〈やっぱり着てる― しんどないんか〉
           今日、地下街のバーゲンで買ったミニのスーツである。
          
〈ええやないか、やっぱり俺が「このほうが合う」って言った通りや〉
          
          ♀ どお? 似合っている?
          ♂ ああ、すごいええ、やっぱりミニが似合うで。
          ♀ そうかなあ、でもちょっと これ短すぎるよ。
          ♂ ええねん、ええねん。そんなんがええねんオレは。
           それから始まった、ユキのファッションショー。次から次にいろんな服を、着ては脱ぎ脱いでは着る。そのしぐさがたまらない。もう嬉しくなった私は、自分でも歯の浮くようなセリフがすらすら、出るわ出るわ、もう真夜中の天国。それに着せ替える服は二人で楽しく選んで買った思い出がいっぱい詰まっている。下着なしのファッションショーほど素敵なものはない。
           いつしか二人はベッドの中にいた。
          
〈これがごほうびか、ポルノ卒業の〉
          ♂ ありがとう、最高や、オレ。フェミニズム勘違いしていた。
          ♀ へえー、 どういうふうに。
          ♂ フェミニズムってこういうことをしてくれへん思てた。だって男の性をどこかで憎んでいるみたいやから。
          ♀ そうよ、人格無視のモノ扱いには腹立つよ。
          〈こらまずい、いらんこと言わんとこ。せっかくのチャンス、思い切り楽しも〉
           かくして‥‥・満足のいくセックスだった。
          
           ところが、なんと途中からユキの態度が変わった。
           急速に醒めているではないか…。
          ♂ どうしたん? しんどなったんか。
          ♀ 感じない。
          ♂ えつ、なんでや、さっきまで感じていたやん、オレが変なこと言うからか。
           
黙って頷くユキ。
          ♂ ごめん、つい興奮して、ちょっとぐらいいいかなって・・・・・いっつもイヤやって言ってたなあ。
           実は私、セックスの最中に、より興奮したいために、
『カレにあんなファッションショーしてたん? 昔』とか、
『こんなふうなセックスしてたん?』とか、つい聞いてしまったのだ。
          
          ♀ わたしとセックスしているの? それとも誰とセックスしたいの?
          ♂ そらユキとしてるんや、ユキが好きやからこそ、そういうこと想像しただけでメッチャ興奮するや。
          ♀ わたしは醒める。
          ♂ なんかおかしいかもしれんけどな、ジェラシー、そうジェラシーが興奮と同居してるんや。
          ♀ ええよ、そう思いたかったらそう思っててくれたら。
          ♂ せやけどわたしに言わんといてって言うんやろ、それわ。
          ♀ そう。
          ♂ それぐらいいいやんか、それで満たされるんよ。ポルノ放棄してんねんから。
          
          ♀ わたしが昔、何をしてようがそれは私の事でしょ。とやかく言われたくないし、私の思い出は私の財産。ずけずけと入ってこられたら気分がよくないし、怒りがでるの。だいいち今わたしはあなたとセックスしているのよ、あなたと。
          
          〈わかってるわ、クソッー なんか俺が変態みたいやないか、そんな冷静になられたら。セックスちゅうたらそういうプレイみたいなことあった方が燃えるんも事実なんやぞ〉
          
          ♂ そらそうや、オレとしているんや。オレもユキとしている。ただこういうのはプレイや、いろんなことして感じられたらいい、ただそれだけの事やで。
          ♀ わたしはそういう気、ないよ。
          ♂ オレはある。
          ♀ 困ったね。
          ♂ ああ、自分でもわからんわ。こころは前みたいな、ただユキと結ばれてたら満足できた、そんなセックスを望んでいる。けど何でかわからん、ユキとセックスしててもなかなかあの感動がないんよ。‥‥・オレのセックスってなんなんやろ。
          
          ♀ さあ・・‥。
          ♂ オレな、フェミニズムっていうのは女の性を解放するって思うで。自分らしさで生きるって、セックスでも自分らしさを出すっていうことや、だから男のセックスに合わせるんちがうってことは。けど、それって男の性を解放していないような気がするんよ。どうも我慢させられてるって、セックスだけは何が自由じゃないって‥‥。
          
          ♀ そう思うの?
          〈思わいでか、フェミニズムっちゅうのはポルノ否定してるんや。そらわかる、男がやっていることを反対に、女がよってたかって男を品定めしたり、顔、姿、性器で勝手なことを言われたらそら男が腹立つわいな。せやけどわかっていてもポルノで感じてしまうんや俺は、クソッ、マスターベーションまで不自由してるんや、今では〉
          
          ♂ ユキが今日してくれたみたいなことをしょっちゅうしてくれたらええで。ほやけどそんなもん待っていたら何時の事かわからん。せやけど俺は生きているんやから、待ってられんしな。
          ♀ 自分ですれば?
          ♂ ネタがいる、そのネタ、ほってもた。
          ♀ じゃあまた買えば?
          ♂ ヘッ!?
          
〈ポルノあかんちゃうの― どうなってるんやいったい―〉
          意味がわからない、あきれるではないか、フェミニストのくせして私にポルノ見ろとは。
           矛盾もいいとこ、思わず顔を見た。
           涼しい顔、おかしいことを言っているというような戸惑いは微塵も感じられない。
          〈そういえばエロ本ほったと言ったとき、素直に喜んでいる感じゃなかった〉
           私の頭脳がコンピュータが目まぐるしく動き回った。しかしエラー、エラー、エラー答えを出してくれない。と、ハッ、とひらめいた。
          
          〈ははあーん、男の性を否定できないんや、これまで俺が男っちゅうのはそんなもんちゃうって言ってきたことが通じたんや。せやからポルノは女の人格無視したモノやと言いながら、認めざるを得んのよ。‥‥まてよ、それやったら、しもた― もったないことした、ほってしもうたがなエロ本〉
          
          ♂ オレ、エロ本処分したやろ、あれ嬉しくなかったん?
          ♀ 嬉しかったよ。
          ♂ せやけどなんかそうでもないような顔してたで。
          ♀ そう?
          ♂ 言ってやほんまの事。オレはユキが喜んでくれると思っていたし、自分でもそういう人間でいたかったんよ。
          ♀ ジェンダーフリーってそういうことじゃないのよ。
          ♂ じゃどう言うことなんよ。社会から受けたものからの解放ってことやろうが、それやったらオレのやっていることジェンダーフリーってことや、なんて言うてもポルノからの解放を試みているってことは。
          ♀ それはただ反発しているだけだと思うけど。
          
          〈そんな言い方をするか、反発って。たまらんなあ、だいたいそういうふうにせんといかんようにじわっと抑圧受けているやフェミニズムから。ポルノ止めようって思ったんもそれでじゃ〉
          ♂ でもそうせんとフェミニズムと仲良しになられへん。
          
          ♀ でもポルノ見たいんでしょ、これからも先ずっと見ないでいられるの?
          ♂ 自信ない、けど努力したいと思っている。
          ♀ それは嬉しいし、その気持ちはすごく大切にしたいよ、わたしも。でも、そうすることがほんとに辛いのなら、何もそんなに辛抱してって思わないし、わたしがどうこう言うことでもないでしょう。
          
          ♂ ポルノは女をモノ扱いにしてるってフェミニズムはいっているやんか。オレもその通りやと思う。オレの中で矛盾してしまう。そんな男でいたくない。
          
          ♀ もっと楽に生きたら? 矛盾なんて誰しもあるのじゃないかなあ。ポルノを見ることが悪いんじゃなく、それを見て、女をモノ化してしまうことが女にとって許せないってことだと思うよ。あなたはモノ化したくないって思ってるのだったら、それでいいじゃない。
          
          ♂ マスターベーションのときだけ、そう思ってもいいってことか。
          ♀ 思いたければそれでいいと思うよ。だってあなたがそう思うことまでわたしはどうこうもできないし、する気もないよ。
          〈う〜ん、 そうやなあ、そんなことまで、そらあんたにどうこう言われたくないわ〉
          
          ♂ なるほど、オレがどう思うとオレの勝手か。
          ♀ そうよ、私はフェミニズムが自分の生き方に合っている。自分の生き方がフェミニズムだと思うから、そう生きているだけ。あなたがどう生きようと、それは貴方の選択であって、私がどうこう言うことじゃないでしょう。
          
          ♂ そうや、その通りや。オレは自分がフェミニズムがいいと思った。それでそう生きようと思った。けど、それも大事やけど、正直な自分でいることの方がもっと大切や。無理してポルノ処分するより、本当に必要がなくなったとき、そのときが処分する時かもしれんなあ。
          
          ♀ 私は貴方がどんなセックスを必要としていても、それはいいの、わたしはイヤなことはイヤと言うし、今日みたいに裸でいろんな服着て楽しんだりするのも、私がしたいからするの。もちろんあなたがそれを凄く喜んでくれるのがわかるから私も楽しいしの。見たくないと言われればしないよ。
          
          ♂ イヤなことない、オレは毎日でも見たい。ユキが楽しんでくれるのが解るからいいんや。命令してやってもらってもそんなもの楽しいこともないわ。
          ♀ じゃあまたするよ、こんどデートする時はあの超ミニはいていくね。
           つづく
 9 車の中での離婚宣言