本文へスキップ

男性も女性と同様に、社会の期待する役割を果たすべく、作られた男性の面と、本能に影響される面とがある。これは外的規制と内的規制という違いはあるにしても、男性に共通な枠となる。また実存主義書の言う本質が男性に存在するように見える面も確かに見受けられる。

本表紙 三浦朱門著
ピンクバラ浮気・不倫はとても自己愛的な行動である。自分の快感を追い求め自身の心と体の在り様を知り、何を欲しているのか、何処をどうして欲しいのかをパートナーに互い伝えあって実践できれば満足し合えるよう!

目次三浦朱門 男は女次第 告白ヒト科男の一生

ピンクバラ第一章
〆人間に本質という枠をはめることはできない

〆男であることは、人間の本質ではない
〆今、男性論が必要とされるわけ
第二章 男の最初の挫折と試練
 家庭の中で、男と女の性差は失われつつある
〆男の子が最初に女性を意識する時
〆女の子は、ちっとも自分を振り向いてくれない
第三章 男のいじめの構造
〆男と女、夢のおり方、こんなに違う
〆男の子が虐めをする三つの対象
〆夢が崩壊した時、代償作用として虐めが始まる

ピンクバラ [なぜ虐めか、登校拒否か、家庭内暴力か]
第四章 すべては学力だけが男の子の価値基準である
ところからはじまる
〆虐めは落伍者意識から起こる
〆男の子の唯一の価値基準は学力だけ
〆登校拒否は自罰的落伍者から現れる
[子供の無邪気な残酷さを放っておいてよいか]
第五章 子供は人間として作ってゆかなければならない
〆子供は、無邪気ゆえにより残酷である
〆子供を人間として通用するように作る必要がある
〆男女差は文化が作る
第六章 異性への憧れと欲望の狭間で揺れ動く心
〆女性への憧れ、自分の性への関心
〆女性は限りない快楽を与えてくれるもの
〆少年の性的環境が一生を決めることがある。
[思春期の男の子ははじめての女性にどう対処するか]
第七章 男の子が愛と性にめざめる時
〆心と肉体のアンバランスさ、分裂と矛盾の中で
〆秘密は秘密ゆえに二人を結びつける
〆ガールフレンドにして同級生、同僚として恋人という関係が成立する時

ピンクバラ[男と女の連立方程式をいかに解くか]l
第八章 こうして若者は人生の最初の成功を得る。

〆男が解かねばならない連立方程式
〆現実の自分は無力でしかない
〆連立方程式の答えが出た!
女性にとっては、生涯うだつの上がらないOLをしているよりも、高卒とはいえ、いい加減な大卒よりも、世慣れていて、意外と物質面では成功しそうな彼と結婚した方がましではないか、などと迷いだす。それに彼は自分をまるで女神みたいに扱ってくれる。行かず後家や肩身の狭い嫁になるより、是非と哀願されて妻になるほうが、幸せではないか、などと思う。
 白馬の騎士がこないなら、やさしく実直で安定した衣食住を保証してくれる農夫の求婚を受け入れよう、という訳である。
[なぜ、男は結婚するのか]
第九章 男が結婚によって満たされる三つの要素
〆縁談は一人前の証明
「何、女なんて誰と結婚しても、似たようなものさ。だからどうせするなら、いくらかでも女房として役に立ちそうな、まず、身持ちが固くて、家事がちゃんとやれて、家政を整えられる女なら、オンの字だ。その点、この女は買い物だぞ」
 などと言われると、それもそうか、と納得してしまう。そしてこんな関係で結婚した夫婦でも、長い年月の間には、それなりの情愛がわいて、結構な結婚生活を営める。愛し合っているから、というのが近頃の結婚の場合の合い言葉だが、当人たちの愛情なるものの、如何に頼りのないものかを考えると、見合い結婚だからといって、何の情熱もないのに結婚して、などと非難するには当たらないように思われる。
〆男は快適な生活を手に入れるために結婚する
〆今、男たちは、結婚を必要としなくなった
[時代が結婚の必然を必要としなくなったのか]
第十章結婚しない男たち、結婚したがらない女たち
〆かつては大都会で生きる心細い若者がいた
〆恋愛と結婚の成り立ちにくい時代がやってきた
〆結婚しなければならない必然性がない
[打算と老いの結婚生活の罠に気づいているか]
第十一それでも男が結婚する理由
〆結婚というのをしてみるか
〆結婚と打算と老いの産物?
〆中年前期の男が陥る二つの罠

ピンクバラ[男は結婚に何を期待するのか]
第十二章かくて男は結婚に抱いた夢を放棄する

〆男が結婚に期待するもの
〆夫を飼育する四つの武器は拗(す)ねる、泣く、不機嫌になる、怒る
 川柳に「花嫁の拗ねたは脚を縄にはない」というのがある。脚を縄になうというのは、足首のところを絡み合わせることで、セックス拒否である。これをやられると、男は一番弱い。もともとが拝みますと土下座して 結婚してもらったのは、性生活の完全な充足にあるのだから、妻にストライキをされたら、何のために結婚したかわからない。またストライキをされるのは、彼女の不信感の表現だから、それもまた一人前の男として自 立したつもりの自分の自尊心を、いたく傷つけるのである。
 それで妻のご機嫌をとり結ぶために、結婚前と同じく平身低頭することになる。
 さまの意思表示というか、夫を飼育する武器は、拗ねる、泣く、不機嫌になる、怒るの四つである。新婚旅行から帰ってすぐ夫を怒鳴りつける妻は少ない。そういう人は大抵が先に述べた成田離婚になるであろう。
 古典的な亭主訓練は拗ねる戦術である。
 どうせあたしの作る料理など、お気に召さないでしょうから、材料と道具だけは用意しておきましたから、ご自分でなさったら、というのとか、それでは実家に帰らせていただきます、というのが、拗ねた妻の古典的 なありかたである。
 次は泣く。これもかなり効果がある。しかしこの段階までは妻も経験不足というか、可愛らしいところがあるが、やがては夫が何か言ったりすれば、いきなり不機嫌になる。不機嫌なのはまだいいが、怒鳴りつける。 暴力を振るう。
〆家庭はすべて妻の支配のもとに
[セクハラはなぜ起こるのか]
第十三章”オジサン”の愛と性の解剖学
〆オジさんは、社会的地位の一つである
〆オジさんは知っている、女性の本性を
〆オジさんは、妻への失望ゆえ、見果てぬ夢を追いかける
 痴漢の主流である、中年男性、というよりオジさんたちは、電車の中や道を歩く女性が自分の妻とは違う性的充実を見に備えていることが許せないのである。彼女らが自分の妻の持っていない魅力を身につけていることがガマンがならない。所詮は女房と同じ、退屈なメスなのに、オッに気取りやがって、というのが痴漢の心の底にある。
 また会社でOLにセクハラを働くオジさんとは違って、痴漢は対象に選んだ女性に人間性を認めようとはしない。自分の性的鬱憤(うっぷん)をはらすための道具に過ぎない。その点、痴漢にはオジさんとは違った罪の 深さがある。
彼女らの露出的な服から出ている部分は、別にオジさんに見せて楽しませるためではないことを知らない。
 まず彼女らは自己満足のために、鏡に映った自分の姿にうっとりするために、そういう服装をするのであること、次に同姓から最新のファッションを見事に消化しているということで、賞賛をうけるために、なけなしの月給のなかから、そういうドレスを買ったことを、オジさんたちは理解していないのである。
[浮気の原因は充たされない性の認識か]
第十四章夫と妻は男であり女であることをやめてはいけない
〆二人は運命共同体
結婚した男女は忽(たちま)ちのうちに、男と女でなく、夫と妻になり、やがて二人は父と母となり、子供の親という形で肉親のような関係になってしまう。家庭のなかでは彼も彼女も性を忘れなければならない。家計 が赤字のこと、さまざまな日常の問題などは穏やかに話し合ってすむことはあまりない。それで二人は同じ首輪に繋がれた二頭の家畜のような関係になる二人の運命的に共通の利害関係を持っていることを認識している 。それだけに相手のエラーは即ち、自分もそのエラーの被害を受ける。だから絶えず罵り合う結果になる。
〆夫と妻は男と女であることをやめてはいけない
結婚した男女は急速に男女ではなくなる。夫婦になり、人の親になってしまう。そして彼らは男、女としての性は結局は蘇ることはない。世に亭主の浮気の種は尽きないのだが、週刊誌によると、近頃の人妻の不倫とい うより、売春の形をとった浮気が盛んであるという。これは家庭の中では窒息してしまった夫と妻が密かに家庭の外で性を復活しようとする衝動なのであろう。
結婚している男女の不倫がいけないとするなら、そして不倫の動機が配偶者によって決して充たされることがない、性の確認であるとするなら、夫は妻の男であり女であることをやめてはならない。
〆職場では男と女として社会的ルールに則った踊りを踊ろう
[男が憧れる最後の恋とは]
第十五章浮気と恋愛の境界線
〆現実には叶わぬドラマの主人公を夢見て
どんなに素敵に見える女性でも結婚して二、三年もたてば、互いにボロが出てくることも知っている。つまり異性との関係でもっともオイシイ部分というのは、結婚に至る前の、互いに相手に自分の醜悪な実体を見せな い範囲でのことであることを知っている。食事をしながら平気で轟音と共にガスを排出するような妻とは違う、女性との関係に憧れている。

 それは女性にしてもそうであろう。食事をしても苦労して整えても、美味いでもなく、有り難いでもなく。テレビの野球放送を見ながらすますような亭主に幻滅している。料理の一つ一つについて、苦労をいたわり、 感謝し、賛美してほしい。

 性行為にしても、空腹を満たすために、目の前の食物を口に入れる、といった性ではなく、自分の女性としての魅力の讃美からはじまり、情熱的な行動に終わり、欲望の放出ではなく、陶酔を伴う性の謳歌に終わるような男性との関係を望むであろう。いや、人格なと゜というものは、性への没入の妨げになるから、相手も自分も、名前も社会的地位も無視できる存在になったほうがよい、という考え方もあるだろう。

 つまり一人の魅力的な女性というだけの自分と、やはり一人の魅力的な男性と会い、数時間を共にすることによって、女性であり、男性である証を完全に表現することに、憧れる女性もいるかも知れない。
〆オジさんの疑似恋愛とオバさんの疑似恋愛
〆オスの情熱に火がついてしまった時

ピンクバラ[男にとって老いとは]
第十六章気がつけば親切にされる存在に

〆お父様はただただ疲れている
〆四十男の若さの追求は、奥の細道を辿るに似ている
〆とうとう、労わられる年代になってしまった
エピローグ 人生はいくつになっても見果てぬ夢
〆残るは妻だけ、彼女のいない人生はない
〆若い時に見えていなかったものが見えてくる
 平成九年四月 三浦朱門

newpage124.1.htmlへのリンク

newpage124.4.htmlへのリンク

newpage124.8.htmlへのリンク

newpage124.12.htmlへのリンク

newpage124.16.htmlへのリンク