世の中にはこんなことがあってもいいのか、俺はもう知らん、と叫びたくなったものです。しかし、そんな私の思いなどどこ吹く風、とんでもないことがあるのです。

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3 なぜかイライラ ――フェミニストカウンセラーのとぼけた生活

本表紙

あぜん。開いた口がふさがらない。

ピンクバラ 瞬時、時が止まった…。とそんな思いにかられたのがもう五、六年も前のこと、それは今も鮮明に脳裏に焼き付いています。これまで書いてきたように、私はままならぬ妻に悩まされ、フェミニズムはこりごりだったのですが、それにもまして、とぼけた話がありました。

 世の中にはこんなことがあってもいいのか、俺はもう知らん、と叫びたくなったものです。しかし、そんな私の思いなどどこ吹く風、とんでもないことがあるのです。

♀ きょうは、面白いことがあってん、聞きたい?
♂ 面白い? なんやろ、そら聞きたいよ。
 彼女は気分が載っているときは、よくその日の事を楽しそうに話す。あの日もそうだった。
 朝、遅れないように、夜のうちにまとめた書類を持って南海難波駅に着いたという。それで切符を買おうとした、と。
〈ふんふん、ちゃんと間に合ったんだ、安心、安心〉
 何しろ彼女は低血圧、朝におそろしく弱い。朝早い仕事の時はいつも心配してしまう。それに寝起きの顔だけは見たくない。イメージが崩れてしまう。

♀ わたし、どこへ行くかわからへんかってん。困ったんよ。
〈なに!? なんて― 嘘やろ、そんなことがあるわけないやろ〉
 一瞬耳を疑った。自分の行き先が解らない? ‥‥・そんなことあるわけない、でもひょっとしてあるかもしれない、このオンナなら。
 思わず顔を見た。すずしい顔、困った顔ではない。ということは
〈なんとか無事にたどり着けたわけか、驚かすなよ〉
 と思った途端、可笑しさがこみ上げた。真面目な顔して、やることがヌけている。
〈アッホちゃうか〉
 だが、それでどうしたか気になる。たしかに昨日は『あした講座があるから』と言っていた。
〈ハッ!? ええっ― えらいこちゃんか、もし行かへかったらどうするんや、代わりはきかんで〉

♀ それで、じっと考えていたの。行く方向はわかっていたんで、友達に電話で聞いたの。
♂ 自分の行き先を!? なんて?
♀ そっち方面で、市民会館あるって聞いたの。でも名前がわからないとムリだって言われた。
♂ それで?
♀ だから困って『私何処へ行くんやろ』って言ったら怒られた。あたりまえやねえ、ハハハハハ‥‥・
〈笑っている場合か、そらだれが考えても怒る。しかしそんなもん、人に聞くな〉
 ノーテンキもここまでやられると、こっちの頭のほうが空白になってしまった。が、それも束の間、すぐにイライラの波が押し寄せた。

〈どういう神経してるや? なんでケロッとしてられるんや〉

 反省など微塵も見えない。それがイラつく。
 結局、切符売り場の料金案内掲示板をじっと見ていたという。一つひとつ読み上げながら、『こんな名前ととがう、こんな感じではなかった』と。しかし、そんなことしていても、なんとかたどり着けたというから、これまた不思議なもの。

♂ ようそんなんで講師やっているなあ。受ける人が気の毒なんちゃう?
♀ ちがうよ、それは。いらんとこにアタマ使わないの、わたしは。
〈いらんところねえ‥‥。それがいらんとこか、着かなかったらどうするんや、ったく。考えられんわ、あんたのすること〉
♀ 忘れるから、覚えられるのよ。脳細胞を大切に使わないとね。
 ??‥‥。何とも言いようがない。アタマはそういう風に使うもの? そこまで言い切られるとそうなんかと思ってしまった。
♀ でも、ちゃんとメモ、用意してたんよ。ほら、ここに残っているでしょ。朝、置き忘れていったの。
〈ええつー ‥‥そうでしょう、あなたなら〉

 しかし考えてみれば、そのくらいのことはあっても不思議はない。実はもっとひどいことがあったのです。
 ちょうど同じょうな時期、ある土曜日のこと。
 朝、目が覚めた、九時半、今日は休みか。土曜の休みはホッとする。しかしユキは可哀想やな、今日も仕事やし。・・・・もう出かけてるなあ。昨日は遅かったのに‥‥??! まてよ、まさか寝入ていないろな、‥‥念のため。あっ、寝てる― それもグウグウ。これはえらいことや。
♂ ユキ、行かへんのか― 今日、仕事やろ―
♀ ‥‥なに、なになん。‥‥もうちょっと寝る。
 なんとまあ、気持ちよさそうに寝ているではないか。
〈なんでやろう、置きへんなあ。ああそうか、ひょっとして今日は休みやったんか。そら悪いことした。俺の早とちりか〉
♂ ゴメンゴメン。土曜日は仕事やとばっかり思っていたから‥‥。
♀ えつ、土曜日? なんでえ。さっき日曜日って言ったやんー 聞いたら‥‥。
〈!?なんて? 何のことや‥‥。俺は、いま起こしにきたんとちゃうの?〉
♂ そんなこと言っていないでオレ。寝とぼけてんのとちゃう?
♀ えつ、うそっ。わたし、聞いたよ。ちゃんと。
〈ハッハーン、こいつ寝とぼけている。ハハハハハ。ハッ― こんなことしている場合か― えらいこつちゃ、間に合わん〉
♂ ユキ、はよう起き― 今日は土曜日や―
♀ えっ? ほんまに―
 あわてて飛び起きたユキ。が、そのとき真剣な顔で文句を言うではないか。
♀ だからわたし聞いたでしょう― 土曜日かって。でも日曜日って言うから、また寝たのよ。

 このときばかりは、さすがに私も腹は立たなかった。彼女の夢にまで責任は持てない。おかげでこっちもいっぺんに目が覚めたというしだい。
 それからのあわてたこと、ものの五分も経たないうちに車の中にいた。日常茶飯事ではないが、こんなこと何時もあってもらっては身が持たない。それでもタクシーで行くというのだからノーテンキには違いない。

〈タクシーで化粧する気か〉

 結局、私はマイカーで送っていった。車の中で、
♂ さっきはビックリしたなあ。土曜日やのに日曜日って言うんやから。
♀ ゴメン。夢やったんよねえ。全然わからへんかったわ、お陰様で何とかなりそう。
♂ 笑うてしまうわ、ほんま、だけど、おユキさんなら、あっても不思議ではない、このくらいは。
♀ でもエライでしょ。ちゃ―んと夢の中でも聞いているんやから。責任感はあるんよ。きつと身体を休めさせたげる、って夢見させてくれたんよ。
〈だれがやねん、だれが夢見させてくれたんよ。あんたやろ、つごうのええオンナやなあ、まったく〉

 こういうオンナといると、なにが真実で、なにがそうでないのか、だんだんわからなくなってくる。明日何かあるとなると、とくに早く目が覚める。それは気持ちの問題、と思っていたのだが。私の常識にはない。いや、たぶん損をしているという気になってくる。そんなんでやっていけるのかと考えさせられてしまう。

 そういえば私はいつも神経を研ぎ澄ましてピリピリしている。何もそんなつもりで暮らそうと思っていないのだが、いろんなことを考えていくうちに、そうなっていくのかもしれない。彼女は何時もあまり変わらない。のんびりしている。ゆったりと…‥。
 これで生きれれば、シアワセなのかもしれない。解決できないことでも解決したいと思うのが人情なのだが、しかし、いくら考えても仕方のないことだって確かにある。
 でも一言ぐらいは言いたくもなる。

♂ オレはそんな性格にはなれん、なれたら楽やろけど、どうしてもあれこれ考えてしまう。
♀ なんでも完璧を求めているでしょ。それがシンドイの原因よ。なるようになるって、そんなもんちゃうの。がんばった結果まで責任とれないよ。いくらアンタでも。

〈アーア、そうですね。その通りです。性格変えんなあかんのかなあ。でもキッチリしたいねんけどなあ〉
つづく 
理解しているつもりで